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▼10月号

SPECIAL REPORT

早稲田スポーツが駆ける道―Road of Waseda Sports

 日本のスポーツ界の発展において、早稲田大学はその一端を担ってきたと自負しています。さらに今後、日本のスポーツ界を盛り上げるために、早稲田大学にできることは何でしょうか。また、大学教育の一環としてのスポーツの可能性をどこまで追求できるのでしょうか。研究活動と競技スポーツの現状を明らかにすることで、今後の道のりを探ります。

【Part 1】早稲田スポーツの110年とこれから

村岡 功(むらおか・いさお)教授/理事・スポーツ科学学術院長 略歴はこちらから

早稲田大学におけるスポーツの歴史は110年以上になります。その役割と意義、今後の課題について、スポーツ振興担当理事で、スポーツ科学学術院長を務める村岡功教授に現状と課題をお聞きしました。

村岡 功教授/理事・スポーツ科学学術院長

スポーツは人間には必要欠く可ざるもの

──早稲田大学におけるスポーツの歴史を簡単に教えてください。

 早稲田大学にとってスポーツは、大学の歴史が始まった時点から非常に重要なものと位置づけられてきました。大隈候は、「(運動は)人間には必要欠く可ざるものであると信じる……運動の種類については、ベースボールでも、テニスでも、ボートでも、なんでもさしつかえはない。……世の中にたって大事をなしうるものは、身体の強健なるものに限る。身体の強健を得るには、ぜひ運動でなければならぬ」と述べています。また、「例えスポーツによって学問が多少遅れることがあっても、それは一時的なものであり、大器晩成であればよい」とも言っています。スポーツに対するこの精神は現在も息づいているように思います。

 早稲田スポーツの始まりは、早稲田大学の前身である東京専門学校が創立され翌年(1883年)に始まった「運動会」にまで遡ることができます。1895年には体育部の前身である「早稲田倶楽部」が設立され、1897年には体育部が発足し、そこから110年以上続く早稲田スポーツの歴史が本格的に始まりました。当時の種目は、郊外運動、機械体操、撃剣、柔術、弓術、テニス、ベースボールの7つです。早稲田大学をはじめとする高等教育機関が日本の近代スポーツ発展の中核を担っていた時代でした。

 その後、1903年には第1回早慶戦が始まり、第2次世界大戦中の空白を経て、戦後は幅広い種目で発展していきました。しかしながら1990年代になると、過去の輝かしい実績から比較すると、早稲田スポーツは低迷していると言わざるを得ない状態になってしまいました。そこで、不振の原因を明らかにし、打開策を講ずるために、1999年にスポーツ振興協議会が発足し、2000年に「早稲田大学における『競技スポーツ強化策』について」という答申書を出しました。ここには、「高等教育機関におけるスポーツ教育・研究の意義」と「早稲田大学における『競技スポーツ』振興の意義」が盛り込まれています。

──大学におけるスポーツ教育・研究の意義は何でしょうか。

 世界に通用する大学は、どの大学も学問・教育だけでなくスポーツでも世界に通用する大学です。たとえば、ハーバード大学では、2000年の調査時点でオリンピックのメダリストを52名も輩出しています。ちなみに早稲田大学では31名です。これは、ハーバード大学が学力だけではない幅広い才能、人格というハードルを設定して優れた学生を集め、優れた教育を行ってきたからです。

 ハーバード大学では、真の人間的能力(知力・体力・精神力・判断力・徳性など)をもった青年のリクルーティングこそが大学発展の生命線の一つであるという考えのもと、入学試験ではペーパーテストの結果だけでなく、スポーツや社会活動などの課外活動も考慮しています。早稲田大学においても、知的にも精神的にも体力的にもタフな人間力を持った青年を育てて社会に送り出すことが大きな使命です。そのためにスポーツが果たす役割が大きいことは言うまでもありません。

日本のスポーツ界のリーダーとなる人材を育成

──早稲田大学におけるスポーツ入試の現状はどうなっていますか。

 現在、スポーツ科学部のスポーツ推薦入試とトップアスリート入試、スポーツ科学部や他学部の自己推薦入試があります。スポーツ推薦入試は、スポーツ科学の教育・研究に必要と思われる種目から、体育各部の部長推薦によってエントリーされ、書類審査と面接で合否を決定しています。スポーツだけでなく勉強にも力を入れてもらうために、各学年ごとに厳しい条件をクリアしないといけないようなルールを設けています。

 トップアスリート入試は、2006年からスタートしました。こちらは、種目によっては、必ずしも早稲田がスポーツ技能を身につけるのに最適の場とはいえない可能性もあることから、体育各部への入部義務はなく、競技の練習場所を大学内に限定していません。優秀な学生に早稲田大学でスポーツ科学を学んでもらい、将来的に日本のスポーツ界のリーダーとなる人材に育ってもらうことを目指しています。

 トップアスリート入試と自己推薦入試の入学者には、スポーツ推薦入試のような厳しい条件は特に設けていませんが、多少卒業までに時間がかかったとしても、大隈候が言うように大器晩成であれば良いのであって、結果的に社会に役立つ優秀な人材になってくれれば、早稲田で学ぶ意義があると思っています。

スポーツ科学における世界一の教育・研究機関に

──人間科学部スポーツ科学科から、スポーツ科学部が独立した狙いは何でしょうか。

 2000年に文部科学省が「スポーツ振興基本計画」を、厚生労働省が第三次国民健康づくり対策(健康日本21)を策定したように、社会が運動の必要性と指導できる人材の育成を求めるようになっていました。また、日本経済がダメージを受ける中で、成長著しいスポーツ市場の発展にも注目が集まっていました。そこで、スポーツ科学をより本格的に教育・研究するために、学部として発展的に独立させ、スポーツ科学における日本一、世界一の教育・研究機関を目指すことになりました。

 ちょうど早稲田スポーツ低迷の打開策を練っていた同時期にこの学部化プロジェクトが始まりましたが、早稲田スポーツの復権のために学部を創設したのではありません。しかし結果的に、学部の教育・研究のためにスポーツ技能に優れた選手を入試制度の枠の中で獲得したことも、早稲田スポーツの発展につながっていると思います。

───「早稲田アスリート宣言」を定めた理由は何ですか。

 早稲田ネクスト125に対するスポーツ振興協議会での検討を踏まえ、また、大学スポーツ界での不祥事が続いたことをきっかけに、学生自らが高い意識を持って部活動に精進してほしいという願いから、行動規範的なものとして策定されました。内容については競技スポーツセンター内のワーキンググループと部員からの意見徴収によって練られ、2008年5月に行われた入部式で初めて宣言されました。恐らく日本の大学でこのような宣言を公表したのは、今回が初めてではないでしょうか。早稲田の体育各部員には、文武両道に優れ一般学生の模範になってほしいと願っています。

一般学生に対するスポーツ振興が課題

──今後の課題をお聞かせください。

 2000年以降の取り組みの結果、競技スポーツの活躍は完全復活を遂げたと言ってよいと思いますが、2つの反省点が残りました。一つは、スポーツに秀でた優秀な人材が特定の学部に偏る傾向がみられてきたことです。もう一つは、一般学生に対するスポーツ振興がやや疎かになっているのではということです。選択科目としての体育実技の履修率は1年生では2割にも満たない、約15%というのが現状です。

 そこで、2008年2月に答申した「早稲田スポーツのネクストステップ」では、第一の課題に、一般学生に対するスポーツ振興を掲げました。体育実技科目を履修してもらう工夫はもちろんのこと、各部の試合の応援にボランティアとして参加したり、体育祭に参加したりして、体育各部員との距離を縮めるような機会を提供し、大学一体となってスポーツを振興できるような方策をとっていきたいと考えています。また、体育各部員についても、地域の子供たちを対象としたスポーツ教室など、スポーツを通じた社会貢献を積極的に推進してもらいたいと思っています。

 あらゆる人にとって魅力的な大学になるためにも、残された課題を解決し、新たな大学スポーツのモデルを構築するなど、世界に通用する大学として力をつけていければと思っています。

村岡 功(むらおか・いさお)教授/理事・スポーツ科学学術院長

1973年早稲田大学教育学部卒業。順天堂大学大学院修了。早稲田大学教育学部助教授、人間科学部教授を経て、現在、スポーツ科学学術院教授。博士(医学)。