早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > キャンパスナウ > 7月号 SPECIAL REPORT

キャンパスナウ

▼7月号

SPECIAL REPORT

医学と理工学の出会いが、医療の可能性を広げる

先端生命医科学研究教育施設の挑戦

理工学と医学の融合を目指し、40年にわたって、研究面での協力と交流を進めてきた早稲田大学と東京女子医科大学の連携先端生命医科学研究教育施設が稼働し、本格的な連携体制がスタートしました。高まる期待と今後の課題を両大学のリーダーの先生にお聞きして現状理解の一助とするとともに、企業からの声もお届けします。

【対談】

2008年3月15日に創設された東京女子医科大学・早稲田大学連携先端生命医科学研究教育施設について、発足の経緯と目的、今後の期待を語り合っていただきました。

医学と理工学の融合で、最先端医療に“ 光” を

始まりは人工心臓の共同研究から

── 東京女子医科大学(以下女子医大)と早稲田大学(以下早稲田)は、2000年に学術交流協定を締結し、交流を進めてまいりました。それ以前にも交流はあったと思いますが、先生方はどのようにお互いの大学と交流されてきたのでしょうか。

岡野 光夫(おかの・てるお)教授 略歴はこちらから

梅津 早稲田と女子医大の最初のかかわりを溯ると、女子医大の初めての卒業式のときに、大隈重信が来賓として出席していたそうです。当時はまだ男女差別が色濃かった時代で、ある来賓の一人が女性に医者ができるのかと口にしたところ、大隈がたしなめたそうです。そして、1965年には心臓外科の権威である榊原仟先生が、私の恩師である流体制御工学の土屋喜一先生に人工心臓の共同研究を持ちかけ、両大学の交流が始まりました。

 ちなみに私が土屋先生のゼミを専攻したのは、大好きな鉄道に関する研究開発をされていたからです。しかし先生は私に、医学に関わる研究を勧めました。思わず「流体制御工学と医学とは関係ない分野でしょう」と言うと、先生は気の毒そうな顔をして、こうおっしゃいました。

 「君、関係というのはあるかないかではない、いかにこじつけるかだ。我々の体には血液が流れていて、それを神経系がコントロールしているじゃないか、いわば流れのコントロールだ。どこが関係ないんだ?」

 当時の私は「全然関係ないよ」と思ったのですが、翌日から女子医大に行くことになり、心臓外科医と一緒に動物実験に取り組むことになりました。年間100頭もの犬を動物実験に使うのですが、私は犬が好きなので非常に辛く、それがトラウマになって、動物実験を減らすための方法を研究しようと考えました。そして苦節30年、血液循環器系のモデリングやシミュレーションを通じて医療に役立つ研究をしてきました。

岡野 私も早稲田の応用化学の学生でしたが、ドクターコースの時に女子医大に実験に来ていました。人工心臓や人工腎臓などの体内に埋める治療機器の発展期だったのですが、女子医大の桜井靖久先生は、当時から日本の優れたテクノロジーを医学部の中にタイムリーに持ち込んで、新しい治療を開発するための施設を作りたいと話されていました。そして女子医大に医用工学研究施設を設立して、黙々と研究を続けていたのです。私もそのまま女子医大に入り、治療機器の医用材料を研究してきました。

 治らない患者を治すためには、何も医師だけで解決しようとする必要はありません。さまざまなテクノロジーを取り入れれば、良い解決法がみつかるのは当たり前のことです。しかし今までの日本では、医師だけで何とかしようとして苦労していました。今回のような拠点ができたことで医学と理工学を一体化し、これまでにない治療法を生み出すことができると思います。

── 連携施設を設立するまでには、大変なご苦労があったと思います。どのようなことが議論されましたか。

梅津 光生(うめず・みつお)教授 略歴はこちらから

梅津 まず、2000坪という土地を前にして誰もが考えるのは、早稲田と女子医大がそれぞれ建物を作って、渡り廊下で結ぶということです。しかし、僕らはそうは思いませんでした。建物を1つにして壁をなくしたかった。異なった学校法人が一つの建物に入ると運営が難しくなるという反対意見もありましたが、世の中にない新しいことにチャレンジすることが大事なんです。すべてがその連続だと思います。

岡野 そうですね。この連携施設は、理事長や総長をはじめ全員が本当に新しいことにチャレンジしようという考えを共有しているからこそ、可能になったことだと思います。みんな医理工連携が大事だということは分かっていても、医学部と理工学部それぞれの伝統と文化があり、それをうまく融合させることができなくて失敗しています。しかし、早稲田と女子医大は、40年前からの助走期間があったからうまくいったと思います。

世界のリーダーになる人材育成を目指して

── 連携施設には、医療に対しての貢献だけでなく、それを支える人材育成という目的もあると思いますが、具体的にはどのような人材をイメージしていますか。

梅津 理工学部の側から言うと、ほとんどの学生は医学の分野には興味がないと思います。私自身も最初はそうでしたが、国立循環器病センター研究所という医学出身も工学出身もいる研究所に入り、違う分野の人との出会いを通して多くのことを学びました。コーヒーを飲みながらお互いの研究内容を話すだけで、じゃあ今度一緒にやろうよという雰囲気がありましたね。ここもそんな場所にしたいですね。将来必要な人材とは、広い視野を持った研究者だと思います。ここはワイドな視野を学ぶのに最適の場だと思っています。

岡野 そうですね。梅津先生がおっしゃるように、自分の研究に新しい概念を統合していって、全体像をワイドに見ながら1つのことをやり遂げられるような人材を育てたいですね。

 医師の側から言うと、治る病気を治すだけでなく、今の医療では治らない病気を治すために新しいことに挑戦しようとする医師が必要です。手先が器用で神の手と言われている医師がいても、テクノロジーを利用すればもっとすごいことができるはずです。例えば人間の手よりも小さい手をロボットで作ることができれば、体内の奥深く、どこにでも入れることができますし、2本の手を100本にすることもできます。梅津先生のところには、そういう技術がたくさんありますね。テクノロジーを駆使して治療を進化させる新しいタイプの医師が誕生すると思います。

梅津 既にうちの学生が、岡野先生の新しい研究と出会って、その内容に関連した論文で博士号をとりましたよ。そんなことからも、新しい治療や技術がどんどん生まれてくると実感しています。

岡野 そうですね。ラボでは学生たちが、どちらが医学部か理工学部か分からないような感じで一緒に実験をしていますね。それから、人材育成の課題として言いたいのは、これからは日本が世界をリードしていく時代にしたいんですよ。そのためにも若い人たちに対して、世界のリーダーになれるような教育をしていきたいと思っています。

── 海外の動きと比較すると、日本の医理工連携はどの程度遅れているのでしょうか。

岡野 レベルが違います。例えば、ペースメーカーはすべて輸入品です。日本はこれだけエレクトロニクスが進んでいるのに自分の国ではペースメーカーを作れないのです。アメリカではずっと昔からハイテクを医療現場に持ち込んで、一所懸命医療を発展させてきました。大学の研究では、ハーバードとMITが素晴らしい連携をしています。

 ただ、我々の連携施設も負けてはいません。全く壁がなく常に研究がクロスしていて、世界的に見ても非常にユニークな施設です。理工学部の人たちは医学部のテクニックを使いながら研究ができるし、医師も先端機器を医療現場にどんどん持ち込むことができます。この成果をきっちりだしていきたいです。

梅津 同時に、新しい技術を正当に評価し、スピーディに臨床に使える仕組みを作っていきたいですね。日本では新しい技術を臨床に使うまでのプロセスが非常に保守的ですから。アメリカで作った機器を待っているだけではなく、主体的に日本の技術を世界に発信していきたいです。

岡野 確かに日本は保守的ですね。世界中で最も使われている100の薬に対して各国の未承認薬を数えると、アメリカは0で、イギリスやフランスは5以下。中国は20ですが、日本はさらに多くて28くらいあるんです。これからは、研究者と患者が一体になって治療法を作り上げていくようでなければならないと思っています。ここで、世界初のテクノロジーを開発して、医師と患者さんが一体になって新しい治療システムを作り、世界中の患者さんを治すという循環を作っていきたいと思います。

 日本の医療機器は輸入超過の市場なんです。医療費の中で外貨獲得率は6~7%しかなく、他のフィールドと比べると産業として国際競争力を持っていません。医理工連携で新しい治療法を生み出し、世界に発信することができれば、産業も育ちます。

新しい治療を一日も早く患者さんのもとへ

── 医理工連携の成果として、具体的な例をいくつか教えてください。

梅津 例えば、早稲田と女子医大が初めて一緒に作ったのは人工心臓です。女子医大の山嵜健二先生が、15年前に自分が理想とする人工心臓を作るために早稲田に共同研究を持ちかけてきました。高速タービン、潤滑、バイオエンジニアリングなどの先生が集まってまず相談したのは「、お医者さんの便利屋になるのだけはやめよう」というスタンスでした。お互いに真剣勝負で議論をして、医師にも我々の技術の大切な部分を理解してもらい、我々も医学の臨床で何が大切なのかを理解し、動物実験にも参加しようと考えました。そして30社の企業とも協力して、「エヴァハート」という人工心臓を完成したのです。この人工心臓は、拡張型心筋症の患者さんの補助心臓として使うものですが、最初の患者さんは、手術後まもなく、病院の売店で買い物ができるようになり、1年後には退院し、その半年後には8時間の勤務につけるようになりました。全く新しいアプローチで医療の常識を変えた一例です。

岡野 私が開発した細胞シート工学※を実際の治療に結びつけたのが、循環器内科の清水達也先生です。清水先生は、生まれたばかりのラットからとった細胞をシャーレの中で動かすという技術を成功させたのですが、昨年、大阪大学の澤教授と共同して人工心臓を装着して移植を待っていた患者さんの筋肉からとった細胞を培養して細胞シートを作り、心臓に貼り付ける手術を成功させました。患者さんは3ヶ月後に心機能を回復させ、人工心臓を取り外し、最近では働きにでてみようかと澤教授に相談するところまで回復したそうです。

 細胞シートは、梅津先生のところの学生も興味を持って、細胞の筋肉トレーニングについて研究を進めていますね。培養した筋肉の細胞を強くしてから、心臓に貼付けようという発想です。

梅津 機械工学のアイデアで、細胞そのものを鍛えるという、従来には想像もつかなかった研究が始まっています。お互いに壁を取り払って対話をしたからこそ生まれたテーマです。

岡野 僕の夢は細胞工場を造ることなんですよ。細胞シートは1つの部屋で1人分しか作れないのですが、小さなボックスの中でロボットが作業できるようにすれば、いくつもボックスを用意して同時並行で何人もの細胞シートを生産することが可能になります。そのためには、機械工学、材料、電気などさまざまなフィールドの研究者が結集することが必要です。さまざまなフィールドが出会えば、新しい課題がたくさん生まれるでしょう。逆に、それぞれが抱えていた重要課題が解決できるかもしれません。この連携施設では、それが可能になるんですよ。

── 将来的には、どのようなイメージで連携施設が発展していけばよいとお考えですか。そのための課題は何でしょうか。

梅津 将来的には2つの大学だけでなく、世界中とつながることを目指しています。すでに海外からのビジターがたくさん来ていますよ。将来は世界中の若者がここを目指してやってきて、それぞれの国とコラボレーションができればいいですね。幸い、私も岡野先生も海外で仕事をした経験がかなりあり、異分野と同時に異文化の経験もしていますので、留学生の受け入れ体制についても配慮できると思います。

岡野 国内の大学からも短期留学のような形で受け入れをしていきたいですし、海外の企業も含んだ産学連携も進めていきたいですね。また、新しい治療を一日も早く患者さんのところに届けるために、行政と対話をして社会システムを作っていくことにも取り組んでいかなければなりません。このような拠点ができたことで進めやすくなると思います。

医学と理工学の間を埋める新しい教育体制を実現

岡野 早稲田はこれまでさまざまなテクノロジーを生み出してきましたが、21世紀は医学とドッキングさせれば、その可能性を最大限ブレイクさせることができると思いませんか。

梅津 その通りです。エンジニアだけでなく、医師も意識改革をしている人がいますね。ある人が早稲田を中退して医師になったのですが、胸を張って患者さんに治療がしたいから工学でも博士を取りたいと言って、働きながら大学院に入学することになりました。ここなら、そんな臨床医のニーズに応えられる素晴らしい教育研究ができると思います。

岡野 今の学問体系は20世紀に細分化されてできたものですが、学問と学問の間の学際が抜け落ちていて、その手当ができていませんでした。特に医学と工学の間の学際領域は重要性が高まっているにも関わらず、手を打ってこなかった。これからも20世紀の学問体系で20世紀と同じ人材を作っていけばいいかというと、そうではないですよね。

梅津 その通りです。学問は動いて、壁を越えて広がっていくものだと私自身が実感しています。これを次の世代に伝えたいですね。

岡野 21世紀型の人材を作るためにも学際を埋める試みは非常に大切だと思います。ここには医師と理工学者が両サイドから指導するという、今までにはなかった教育があります。そして、先生と学生が一緒になって課題とその解決法を考えています。

梅津 僕らも毎日新しいことを学んでいますよね。

岡野 この施設で、たくさんの理工学者と医師が出会い、将来の夢を語り合う風景が当たり前になるといいですね。

梅津 お互い夢を語り合っていたらきりがないですね。思えば20代の時から、俺たちの時代が来たら世の中をひっくり返そうと思っていました。世の中をあっと言わせるような成果を残していきましょう!

細胞シート工学

岡野先生が提唱している再生医療の一手法。細胞を培養し、培養皿から剥離し、移植部に直接貼ることができる。細胞シートを用いた治療には、角膜を再生して視力を回復させたり(フランスで治験中)、歯根膜を再生して歯が抜けないようにしたり、食道がんの内視鏡手術で腫瘍を除去したところに貼り付け狭窄を防ぎ回復を早めるなど、さまざまな世界初の再生治療の成功事例がある。

岡野 光夫(おかの・てるお)教授/TWIns(ツインズ)東京女子医科大学 先端生命医科学センター長

早稲田大学理工学部卒、同大学院理工学研究科応用化学専攻博士課程修了。東京女子医科大学助手、講師、UTAH大学助教授、東京女子医科大学助教授を経て、1994年より東京女子医科大学 教授、UTAH大学教授。1999年、東京女子医科大学 医用工学研究施設 施設長、2001年、東京女子医科大学先端生命医科学研究所 所長。

梅津 光生(うめず・みつお)教授/TWIns(ツインズ)早稲田大学 先端生命医科学センター長

早稲田大学理工学部卒、同大学院理工学研究科機械工学専攻博士課程修了。国立循環器病センター研究員、オーストラリアのセントビンセント病院工学部長(人工臓器開発プロジェクトリーダー)などを経て、1992年より早稲田大学教授。また1993年よりオーストラリアのニューサウスウェールズ大学客員教授も務める。2001年、大学院理工学研究科生命理工学専攻創設、主任。現在に至る。