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小田島 恒志(おだしま・こうし)/文学学術院教授 略歴はこちらから
訳書もあるMr.ビーンのポスターの前で

「伝える」を追求する

小田島 恒志/文学学術院教授

 私の父は、シェイクスピア作品をはじめとした英文学の研究者です。一方で、高校の頃の私は、根っからの理系少年で、英語の成績も10段階評価で5でした。そこで「父にはできないことをやろう」と真空管でラジオを作ったり無線をやったり、いろいろ模索しました。無意識のうちに反発していたのかもしれません。しかし、父への反発は、次第に憧れへと変わっていきました。父の友人である著名な作家や、アウトローな文学青年が家に遊びに来たり酒場に集まったりして、いつも楽しそうに文学論を戦わせているのを見て、「文学の研究者になれば、こんな面白い仲間ができるのか」と思うようになったのです。そこで、私は本学の第一文学部に入学。いつしか父と同じ道を歩み始めていました。

 私の研究対象は、主にD.H.ロレンスの作品です。日本では戦後に『チャタレイ夫人の恋人』の翻訳本が「芸術か、猥褻か」で論争になったことでよく知られています。ユーモアに溢れたシェイクスピアと違い、D.H.ロレンスの作風は硬派で真面目。その点は私にとって最後の抵抗だったのかもしれません。D.H.ロレンスは小説家として知られていますが、私は今、彼が若い頃に書いた10本程の戯曲に焦点を当てて研究しています。彼の感性は、実は戯曲の執筆によって磨かれた部分が大きいと思うからです。それを多くの人に知ってもらうことが、演劇の現場に出入りしている私の使命だと考えています。

 ゼミのテーマは、異文化受容における様々なずれとそれを埋める工夫について。私はD.H.ロレンスの研究とともに、日本で上演されるさまざまな外国戯曲の翻訳を手掛けています。異文化で書かれた脚本を日本語にそのまま訳しても、日本人の観客には伝わりません。そこで、なぜ伝わらないのか、伝わらないならどんな伝え方があるのかを学生たちに考えてもらい、その楽しさを教えています。ゼミでは演劇に限定せず様々な文化表象について考察しますが、私が直接体験から語れるのは演劇現場のことになります。例えば、南アフリカの作家A. フガードの『ハロー・アンド・グッドバイ』を訳したときのこと。登場人物は、貧しい白人家庭に生まれた主人公の男性と姉。主人公は父親を尊敬し、父親が口にするキリスト教の教えに従い、神を崇拝していた。その父親が死に、母もとうに亡くなり、ひとりぼっちになったところに、15年前に家を出た姉が帰ってくる。姉はもともと父親に反発して家を出て行ったのです。二人の会話の中で、姉は父親を否定し、同時にキリストや神を批判する。しかし、宗教観が根付いていない日本において、そうした状況や含意を台詞だけで観客に伝えるのは難しい。そこで、私の翻訳を読んだ演出家の栗山民也さんは、家の中に細くて今にも倒れそうな柱と傾いた梁をつくって十字架に見立てました。ディべートの場面で、姉に言い負かされそうになった弟が柱(=十字架)にしがみつくなど、二人の立場が一目で分かる工夫ができるようになったのです。ちなみに、この舞台美術を実際に効果的に作ってくれたのは、『少年H』でもお馴染みの妹尾河童さんです。

イギリスで買い求めたロンドン地下鉄路線図のタオルとマグカップ

 しかし近年、そういった「伝える工夫」を省略し、作品のコンセプトだけ抽出して日本人用に書き換えた「上演台本」が演劇界で増えています。その興行意義まで否定はしませんが、日本でその手法が主流になってしまったら、翻訳家として寂しい限り。作品の会話を活かし、その面白さをいかに伝えるかを工夫しなければ、真の作品の良さは伝わらないと思うからです。

 私は、これまで通りD.H.ロレンスの研究を進めると同時に、演劇の現場で実践的な活動を続けていきます。学生たちにも「授業さえ出ておけば一安心」と考えるのではなく、自分の興味のあることに能動的に挑戦し、自ら実践することまで意識してもらいたいです。

小田島 恒志(おだしま・こうし)/文学学術院教授

1984年早稲田大学第一文学部英文学専攻卒業。1991年同大学院博士課程単位取得満期退学、ロンドン大学修士。中央大学専任講師、助教授を経て、96年早稲田大学文学部専任講師、97年助教授、2003年同文学学術院教授。D.H.ロレンスの小説・戯曲、戯曲翻訳の実際、現代英米演劇などを研究、翻訳・舞台翻訳など多数。父は英文学者で、坪内逍遥に続いてシェイクスピアの全戯曲を翻訳したことでも知られる小田島雄志。