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桜井 啓子(さくらい・けいこ)/国際学術院教授 略歴はこちらから

原点に戻ってイランと向き合いたい。
イスラーム体制下での社会の変動を探る

桜井 啓子/国際学術院教授

 高校三年生の夏、近所の図書館で開いた一冊の写真集が、はじまりでした。サーサーン朝ペルシアの都イスファハーンのモスクの計算されつくした造形美と、人とモノで溢れかえったバーザールの、なんともいえないコントラストが印象的で、その魅力に取り憑かれてしまった私は、「ペルシア史」を学ぼうと史学科に入学しました。ところが、入学して1年もたたないうちに、「美しいペルシア」で革命が起きたのです。2500年の歴史を誇った王制は崩壊し、宗教指導者が統治する「イラン・イスラーム共和国」が誕生しました。この驚きと衝撃が、思いがけないパワーを与えてくれました。なぜ革命が起きたのだろう、なぜ「イスラーム」革命なのか、どうして宗教指導者が政治に進出できたのか。次々と疑問が湧き上がるのですが、当時は「イラン」も「イスラーム」も、実にマイナーなテーマで文献も十分ではありません。少しでもイランに近づきたいとペルシア語もはじめましたが、疑問は増えるばかりです。結局、将来のことも考えず、勉強を続けたい一心で大学院に進学してしまいました。革命から30年の歳月が流れましたが、今なお、イランという巨大な謎を追い続ける日々です。

イランで集めた小物。奥から時計回りに、琺瑯花瓶、ミニチュアのコーラン(赤・緑)、シーア派五聖者(手形)、シーア派初代イマーム・アリーの剣、アリーの姿入りペンダント。メッカの方角を探すキブラ・コンパス、タスビーフ(イスラーム教徒用数珠)。

 しかし、イランやイスラームを取り巻く環境は、当時から大きく変わりました。冷戦後、「イスラーム」は、ソ連に代わる西側世界の新たな「敵」となってしまったからです。さらに2001年の9.11事件以後は、「テロ」という言葉が加わって、惨憺たる扱いを受けるようになりました。皮肉なことに、イスラーム地域研究の必要性は、こうした負の出来事がきっかけとなって、しだいに認められるようになったのです。昨年、早稲田大学にイスラーム地域研究機構が開設されたのもその一例です。中東やイスラームについて学びたいという学生は着実に増えていますが、その分、責任が重くなったと感じています。世界人口の2割はイスラーム教徒という時代です。イスラーム教徒が多く住む地域で起きる事件や出来事が、あたかもみな「イスラーム」に起因するかのような言説が、今だに横行しているのは残念です。イスラームのとらえ方や実践は、国、地域、個人によってさまざまです。イスラーム教徒が、みな同じ考えをもっているはずもありません。先入観にとらわれず柔軟な思考と感性で、イスラーム地域に向き合ってもらうためにはどうすればいいのか、試行錯誤の連続です。

 私は、2004年、国際教養学部の開設時に早稲田に赴任しました。語学力に秀で、効率よく試験や課題をこなすことのできる学生が多いことに感心しています。ただインターネットで検索して、短時間で見栄えの良いレポートを作成するといったことが一般化しているためか、じっくりと問題に向き合う機会が少ないことが気がかりです。社会的な想像力や感性を養うためには、興味を持ったテーマへの持続的な取り組みや自発的な読書が必要です。

 私自身は、近年の研究関心が日本に暮らすイスラーム教徒の状況やイスラーム教シーア派の動向など、イランから離れ気味でしたので、そろそろ原点に戻って、再びイランと向き合いたいとおもっています。イランでは、6月に行われた国会議員選挙における不正疑惑が発端となって、強権的な体制に不満を持つ若者、特に大学生による抗議行動が続いています。逮捕者が出ているにもかかわらず運動が鎮静化する気配はありません。すでにイランの大学生の半数以上は女性です。90年代末から女性の進学者数が男性を超えつづけてきたためです。このままでは男子学生がいなくなるという危機感から、昨年、性別入試枠が導入されました。イスラーム体制下で女性が男性を圧倒しているという現実。これを切り口にイラン社会の変動を探っていこうと思っています。

桜井 啓子(さくらい・けいこ)/国際学術院教授

1959年、東京都生まれ。上智大学文学部史学科卒業後、上智大学大学院外国語学研究科博士課程修了。明治学院大学国際平和研究所研究員、学習院女子大学助教授・教授を経て、2004年より現職。主な著書に『 現代イランー 神の国の変貌』(岩波新書)、 『シーア派ー台頭するイスラーム少数派』(中公新書)など。