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▼3月号

プロ・ローグ

久塚 純一(ひさつか・じゅんいち) 早稲田大学社会科学総合学術院教授 略歴はこちらから

社会の一員であることを実感でき、お互いを支え合う社会に。

久塚 純一/早稲田大学社会科学総合学術院教授

 学生の頃は勉強が大好きで、医者になろうと思っていました。その道を方向転換させたのは、世界中を熱狂させたリバプールの4人組。私の10~20代を直撃したビートルズは人生に大きな影響を与え、今でも人と出会うきっかけを与えてくれます。「あんな音を出したい!」「あんな風になりたい!」と思い、高校時代はバンドを組んでエレキギターの練習に夢中、大学生になって校則から解放されると、髪を伸ばしてかかとの高い靴を履いて町を闊歩しました。ちなみに現在もワイシャツはピンホールのラウンドカラーにこだわっています。

 そんなわけで、大学は試験科目の少ない文系に転向。大学紛争のムーブメントの中で関心のあった労働法と社会保障を専攻しました。この選択は学問への興味だけでなく、担当教授に魅力があったことも大きかったと思います。私たちは何かを始めようとするとき、そこに魅力的な人がいて、価値観を共有できるということが大切なのではないでしょうか。ですから、社会福祉という研究対象に興味を持ってもらえるように、研究者である私自身も魅力的でなければならないと思っています。

 昨今、社会福祉の問題として年金について議論されることが多くあります。年金を払うのは自分の将来のためでしょうか?それとも所得の保障を必要としている人を支えるためでしょうか?年金をはじめとする社会福祉は、見えない相手と連帯することによって成り立っています。人間は一人では生きていけませんし、まったく見たことのない人のために時間とお金とエネルギーを惜しみなく使うことのできる素晴らしい生き物です。

 しかし今の日本は、自分が社会的に連帯していることを想像できない人が増えていると感じます。それは、自分が社会の一員として生きていることを実感しにくい社会になってきているからではないでしょうか。例えば派遣社員という働き方は、いつでも自分の代わりがいるという状況ですから、職場におけるアイデンティティを確立することが難しい。しかもその是非を議論するときには、企業対派遣社員というように対立させて考えるのが今の日本です。

年末、パリのサンマルタン運河で酒盛りをしていたホームレスに分けてもらったビールのロング缶。今でも大切な宝物

 皆さんもホームレスと自分は関係ないと考えてはいませんか。私も実際には、お弁当を半分分けてあげることはなかなかできません。しかし、国際比較研究をしているフランスでのこと、酒盛りをしていたホームレスたちと話していたら「おまえも飲むか?」とビールのロング缶をくれました。彼らは通りすがりの外国人にでさえ、貴重なビールを分けてくれるのです。これはフランスの社会と日本の社会の違いかもしれません。

 みんなが社会の一員であることを実感でき、お互いを支え合う社会を作ることが、社会福祉の役割です。でも、制度だけでなく価値観を変えることも必要です。例えば日本ではワークシェアリングがなかなか浸透しません。日本人は働くことに高い価値を置いているため、働く機会を人に分けることに抵抗があるからです。これは制度によって変わるものではなく、価値観を変えるしかありません。大学は、価値観を再生産する場所です。大学は、社会福祉やそれを取り巻く学問、例えば生きるための哲学などをもっと研究、教育することが必要ではないでしょうか。早稲田をその分野に強い大学にしていきたいですね。

久塚 純一(ひさつか・じゅんいち)/早稲田大学社会科学総合学術院教授

1948年北海道生まれ。同志社大学法学部卒業後、九州大学大学院法学研究科に進む。北九州大学(現・北九州市立大学)法学部助教授などを経て現職。研究テーマは社会保障の国際比較、高齢者のニーズ調査など。趣味は音楽。ビートルズをこよなく愛す。