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キャンパスナウ

▼錦秋号

My study, My career

早稲田で活躍する女性研究者を紹介します。

2032年の創立150周年に向けて本学のあるべき姿を考える「Waseda Vision 150」。
そのVisionのひとつ「世界の平和と人類の幸福の実現に貢献する早稲田の研究」を推進するため、女性研究者の活躍を通じた新たな視点と思考の導入も期待されています。第3回目となる今回は、広中由美子先生にお話を伺いました。

広中 由美子(ひろなか・ゆみこ) 教育・総合科学学術院教授 略歴はこちらから

いまだ発展し続ける数学の魅力を学生に伝えたい

広中 由美子/教育・総合科学学術院教授

理論を積み重ね思考の枠を広げる
整数論の魅力

 父は法律を、祖父は鉱物を専門にしていまして、私にとって研究者は身近な存在でした。ごく自然な流れで研究の道に進んだと思います。いろいろな分野に興味がありましたが、数学を選んだ理由の一つは親とは別の分野に進みたかったからかもしれません。とはいえ、法律も数学も論理的に考えるという点ではよく似ていますね。

 数学は抽象的な学問と思われがちですが、実は自然界に多くのモデルがあります。自然界にあるものを数式で表現するとどうなるか、またその解は何かなどを理論的に突き詰めていく。特に整数に発端をもつ問題を考えるのがいわゆる整数論と呼ばれる分野と言えましょう。例えば「2X+3=15」という一次方程式は「X=6」しか解をもちませんが、「2X+3Y+5Z=15」などと未知数を増やすと解は多くの自由度を持ちます。次数を高くしたり、文字を増やしたり、いろいろバリエーションができます。そういう中で結果を推測したり、理論を積み重ねたり、そのように思考の枠を広げていくところに整数論の面白さがあります。

最先端の研究に触れ
視野が広がったドイツ留学

 研究者としてキャリアを積むにはいろいろ苦労がありました。しかし私は、苦労を数え上げても楽しくないし、余り意味がないと思っています。それよりも楽しい経験を振り返るようにして人生を歩む方が良いですね。30~40代の頃に研究で訪れたドイツとフランスの大学・研究機関での経験は、私にさまざまな驚きと新しい知見を与えてくれました。フランスでは日本に比べて女性研究者が多く、私が滞在した数学研究所では3割程度いて、女性研究者の存在がごく普通でした。また日本人と比べて一般の人の数学に対する忌避感が少ないようで、私が数学を研究していると話してもごくふつうのことと受け止めて接してくれました。

 私が初めて海外で研究発表をしたのは、1990年にドイツのオーバーヴォルファッハ数学研究所でした。ここは宿泊設備も備わった研究所で、合宿形式の研究会に世界各国から集まってきます。寝食を共にすることで研究者同士の親密度が上がります。毎日昼食と夕食の席がシャッフルで決まるため、同じテーブルについた研究者たちと拙い英語で必死に話したことを思い出します。有名な研究所の所長が隣に座ったこともあります。海外に出かけるメリットは最先端の研究者と直接交わることができることでしょう。このとき直接会ったおかげで、ドイツのゲッティンゲン大学に1年間客員教授として招かれるチャンスを得たと思います。ゲッティンゲン大学は、数学の世界でとても伝統のある大学ですから、そのような場所で研究し講演するチャンスを得たことは名誉であり、かつ学術的視野を広げるきっかけになりました。そうしてできた人脈は現在もつながっています。メールを活用した共同研究や、年に1回くらいは直接会ってディスカッションをしたり、講演に招いたり招かれたりしています。最近は海外に出掛けることも容易になっているので、これからの若い人は大いに出かけたらよいと思います。現地ならではの得るものはきっとあります。

数学の面白さを伝えることが
良い研究者の育成につながる

 学生の多くは、数学は既にできあがったものと思っているようです。そこで授業では「数学はいまだに発展し続けていて、分かっていないことが沢山ある」ことを、分かりやすい例で説明するように心掛けています。例えば素数に関してまだ解明されていない問題は沢山あります。3と5や、11と13など一つ飛びの素数は、いくらでもたくさんあるのか、どこかで終わりがあるのか、まだ分かっていません。また、いくらでも大きい素数が存在することは分かっていても、実際に数として知ることは別問題です。新しい大きな素数をみつけるために今現も多くのコンピュータが動いています。私は毎年、その時点で知られている最大の素数をチェックし、学生に話しています。ちなみに、今は約1,300万桁の数です。こういうことを通じて数学の未解明な部分を知り、数学の面白さを味わってもらえればうれしいですね。将来学生たちが社会に出た時に、数学は面白く、発展し続けている分野であることを周りにも伝えてくれると良いと思います。数学を面白いと思う人が増えることで日本の数学研究のレベルも底上げされるし、きっと良い研究者が育つでしょう。

 最後に私は、何かに真面目に取り組む人を、周りが好意的な目で見ているような社会、そしてお互いが他人と違うことを認め合える社会であってほしいと願っています。たとえ他人と違おうとも自分はこれを追求したいという確たるものを持った人が増えると良いですね。

山歩きは気分転換にも最高(スイスアルプスにて)

主催者のクリンゲン教授と(1990年ドイツ)

広中由美子(ひろなか・ゆみこ)/教育・総合科学学術院教授

東京教育大学理学部、お茶の水女子大学大学院修士課程、筑波大学大学院博士課程を経て、1982年信州大学理学部に赴任。1998年より早稲田大学教授、現在に至る。1992年に1年間ゲッティンゲン大学(客員教授)、1996年に半年間マンハイム大学とハイデルベルク大学(文科省の派遣研究員)、2005年度は早稲田大学の特別研究期間でストラスブール大学とマンハイム大学のいずれも数学研究所に滞在した。