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キャンパスナウ

▼2014 新年号

第二世紀へのメッセージ

早稲田大学に関係のある方にお話を伺い、客観的な視点により、早稲田大学の魅力や課題を浮き彫りにします。

外務省 地球規模課題審議官(大使)
香川 剛廣さん
略歴はこちらから

確固たる座標軸を持ち、世界を俯瞰する。
それがグローバル人材への第一歩

香川 剛廣さん/外務省 地球規模課題審議官(大使)

激動する国際社会で、外交官として人道支援や環境問題などに取り組んできた香川さん。
COP19から帰国されたばかりのこの日、世界を舞台に活躍するまでの道のりと、その過程を支えてきた思い、グローバル時代に求められる人材像などについてお聞きしました。

優等生とは程遠かった学生時代

――どのような学生時代を過ごされましたか。

 もともとジャーナリストを志していた私は、「在野精神」の校風にひかれ早稲田大学を選びました。入学してみると確かに、先生に頼らず自力で進むべき道を見つけるという気概にあふれた学生ばかりでしたね。私も授業にはほとんど出席せず、図書館で本を読みあさったり、友人と徹夜で哲学論議にいそしんだり、優等生とはいえない学生時代をおくっていた、というのが正直なところです(笑)。

 そんな私が外務省を目指していることを打ち明けた際は、周囲からずいぶん訝(いぶか)しがられました。当初目標としていたジャーナリストと、国家公務員である外交官は一見真逆の存在ですから、当然かもしれません。ただ私は、公務員になりたかったのではなく、外交官そのものに強くひかれていました。ある外交官の方に直接話をお聞きしたことがきっかけで、世界平和の実現や貧困の解消といった崇高な理想を掲げ、自ら汗して課題解決に取り組む姿にすっかり魅了され、自分も世界でおのれを試してみたいと思うようになったのです。

「中東と一生向き合う」現地で誓った思い

――外務省入省後に中東地域を担当することになった経緯と、その後の歩みについて教えてください。

 実は、入省後にたまたま割り振られたのが「アラビア語」だったのです。学生時代に触れてきた英語などとは全く異なる言語体系ですし、中東という地域自体になじみがなかったので、最初は戸惑いました。

 しかし、入省2年目の1982年に在外研修地であるエジプトへ赴任したことで、転機が訪れます。現地の家庭に下宿させてもらい、寝食をともにする中で自然と語学力が磨かれ、政治・経済、宗教、文化など、アラブ社会への理解を徐々に深めることができました。また夏季休暇には、ホストファミリーの遠戚でエルサレム周辺に住むパレスチナ人宅を訪問。当時、イスラエルの占領下にあった現地で軍と民衆の衝突直後の緊張した状況を目の当たりにしたり、抑圧された状況でありながらパレスチナ人の心からの歓待を受けたり、20代前半という多感な時期に本当に貴重な経験をさせてもらったと感じています。

 中東地域に対する特別な感情が芽生えたのも、その頃です。人々と心を通わせ、出口の見えない紛争の現場も間近で目撃したことで、「中東地域と一生向き合っていきたい」と固く決意しました。気候変動問題などに取り組む今も、その思いが変わることはありません。実際、私が早稲田大学で現在受け持つ法学部の授業でも、中東関連のテーマに多くの時間を割いています。それは、学生たちに正しい知識や判断材料を与えることで、ネットなどにあふれる情報をきちんと取捨選択しながら、世界の平和と安定に大きな影響を与えるこの地域が抱える問題に自分なりの意見を持ってほしいと願っているからです。

亡き親友との約束をイラクの地で果たした

――これまでのキャリアの中で、最も印象に残っていることは何ですか。

アフガニスタン大統領選挙の投票所で現地選挙管理委員会メンバーに話を聞く

 2003年のイラク戦争終結後、外務省が自衛隊基地内に開設したサマワ事務所の所長として、初めてイラクの地を踏んだ時は非常に感慨深いものがありました。というのも、2003年にイラクで何者かに銃撃され亡くなった奥克彦君との約束を、その時にようやく果たせたと感じたからです。同じ早稲田の政経出身だった彼とは、学生時代に外交研究会という勉強会で共に机を囲んだ間柄。奥君がイラクで活動していた時期は私もテロ活動の激化するサウジアラビアで勤務していました。彼はイラクでの人道支援活動に奮闘しており、その生き生きとした活躍の様子は「お前もイラクに来いよ」とのメッセージと共に伝わってきていました。

 私自身はイラクで自衛隊の復興支援活動をサポートしたり、医療や教育、インフラ整備といった人道支援の計画策定・実行に当たったりしました。JICAやNGO関係者とは違って外交官がこのような“現場仕事”をできる機会は、滅多にありません。私にとっては、本当に楽しく充実した仕事であり、イラクで充実した日々をおくっていた奥君の追体験をしているようでうれしかったことが思い出されます。

――外交官として心掛けていることは何でしょうか。

 外交の世界は各国の思惑が複雑に絡み合う上、高度の政治的判断なしでは動けないことも多く、個の力で劇的に状況が打開されるケースはほとんどありません。とはいえ最前線に立つ担当者同士の信頼がなければ、物事が進まないのも事実です。

 そのため私自身どんなに経験を重ねても、人間力を磨く努力は忘れぬよう肝に銘じています。特に大切にしているのは相手の話によく耳を傾け、理解しようとする姿勢です。また相手の役に立つことなら小さなことでも労を惜しまず、実践していくことも関係構築の第一歩となります。いずれも特別なことではありません。しかし、こうした地道な取り組みが、信頼を育み、時に大きな力となると私は信じています。

ライバルはアジア諸国
独自の存在感を発揮する大学を目指してほしい

――グローバル人材の育成という観点から、早稲田大学および早稲田の学生たちに期待することをお聞かせください。

 早稲田大学は留学生の年間受け入れ数および派遣数において国内トップクラスの実績を誇っており、教育機関のグローバル化を牽引(けんいん)する存在です。しかし最近は同じアジアの中国やシンガポールも留学先として世界中から注目を浴びるようになっています。早稲田大学には、こうした国々の大学に負けない独自の存在感を発揮していくことを期待しています。そのため留学関連のプログラムやサポート制度の充実に務めるなど、質を追求してほしいですね。

 また私は授業を通して学生と接する機会も多いのですが、皆それぞれ積極的に海外に出て、グローバルで多彩な友人関係を築いていることには、非常に感心させられます。ただし理想を言うなら、より明確な目的や具体的な興味を持って世界を見聞してもらいたい。その経験から見つけた自分なりの座標軸は、将来貴重な財産となるはずです。常に世界の中に自分という存在を置いてみて、自らの判断や行動を選択する。それができるようになって初めて、グローバルで活躍する道が開けるのだと思います。

香川 剛廣(かがわ・たけひろ)さん/外務省 地球規模課題審議官(大使)

1957年生まれ。外交官。1981年に早稲田大学政治経済学部を卒業し、外務省へ入省。中近東一課長やサウジアラビア公使、中東アフリカ局参事官など中東関連の要職を歴任。さらに2009年に行われたイラク地方議会選や、アフガニスタン大統領選・県議会選の監視団長も務めるなど、紛争地域の安定化に寄与。その後、経済局審議官を務め、FTAやTPPなどの経済交渉に臨む。2013年より現職となり、気候変動枠組条約締約国会議(COP)などを担当。2010年から非常勤講師として本学法学部の授業「国際機構法(地域機構)」で教鞭を取る。