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キャンパスナウ

▼2013 盛夏号

第二世紀へのメッセージ

早稲田大学に関係のある方にお話を伺い、客観的な視点により、早稲田大学の魅力や課題を浮き彫りにします。

コロンビア大学名誉教授 日本文学研究者
ドナルド・キーンさん
略歴はこちらから

日本文化を学び基礎を培うこと。
真のグローバル視点はその先にある

ドナルド・キーンさん/コロンビア大学名誉教授 日本文学研究者

2011年3月の東日本大震災後、被災地の人々の姿に「この人たちと共に生き、共に死にたい」と日本永住・日本国籍取得を決意、翌2012年3月に晴れて日本人「キーン ドナルド」となったキーン先生。日本文学、日本演劇の研究者である先生に、本学との縁、日本のグローバル化などについて伺いました。

早稲田大学との不思議な縁

――コロンビア大学時代の恩師・角田柳作先生の出身である本学に格別の愛情を抱かれていると伺いました。これまでの早稲田との関わりを教えてください。

 私と早稲田大学には不思議な縁があります。コロンビア大学の学生だった1940年、比較文学を専攻した私は、早稲田大学出身で坪内逍遥に学んだ角田先生の授業を受けました。先生はよく早稲田での経験や、どういう教師のもとで勉強したか話してくれました。ですから私は他のどの日本の大学よりも早稲田のことを存じていましたし、一種の憧れめいた思いを持っています。その早稲田から1998年に名誉博士、2012年に芸術功労者表彰をいただいたことは光栄です。ただひとつ残念なのは、角田先生にその姿を見てもらうことができなかったことです。

 先生は日本思想史を専門としていました。授業では、荻生徂徠や伊藤仁斎など徳川時代の儒学者の言葉を漢文で板書し、それを説明するのです。しかし私にとって漢字も文語体も簡単ではありません。授業が進むにつれ先生は私の弱点を理解されたようで、簡単な日本語で説明してくれるようになりました。

 第二次世界大戦を経て、戦後は再び大学に戻り先生が亡くなるまでさまざまなことを教わりました。

――本学の坪内博士記念演劇博物館は世界有数の演劇資料を誇り、早稲田は演劇研究の国際的拠点のひとつです。日本の伝統芸能に知悉しているキーン先生は、本学の演劇関係の教授とも親交が厚いと伺いました。

芸術功労者表彰の授賞式で(2012年)。
左から鳥越文藏先生、キーン氏、鎌田薫総長

 早稲田の演劇博物館は演劇資料の蔵書に関して世界一だと思います。何度も利用しましたし、皆さん大変親切に資料を探してくれました。世界を見ても、私の求める日本文化に関する古い資料がこれほど豊富な博物館は他にありません。

 私が初めて演劇博物館を訪れたのは京都大学留学中です。上京する機会があり、すぐに早稲田を訪ねました。そこで当時の館長の河竹繁俊先生から革張りの『日本演劇全史』をいただき、以降、郡司正勝先生や河竹登志夫先生など早稲田の演劇関係の先生とのお付き合いが始まりました。特に鳥越文藏先生とは本当に親しい友人で、私がケンブリッジ大学で教えていた縁で日本人講師として推薦したくらいです。鳥越さんはケンブリッジ滞在中に大英博物館やパリの国立図書館で日本に現存しない和本を発見され、そのひとつは300年の時を経て古浄瑠璃「越後國・柏崎 弘知法印御伝記」として2009年に上演されました。

 すこし話は変わりますが、おそらく近松門左衛門の浄瑠璃を英語に翻訳したのは私が最初です。それにより日本文学が西洋に広く知られるようになりました。三島由紀夫の戯曲を翻訳したところ、イギリスの演出家から『サド侯爵夫人』の上演を打診され、2009年に実現して大成功をおさめました。とにかく、研究や翻訳といった私の仕事には、日本文化を世界に広めるという楽しみとやりがいがあります。

自国の文化の理解がグローバル視点を養う

――早稲田ではグローバル人材の育成に力を入れています。日本人のグローバル化についてどのようにお考えですか。

 日本人の言うグローバル化には外国語を話せるといった要素が含まれています。しかしいざ海外に出ても外国人と付き合わず、日本人同士で集まる傾向が強い。これではどんなに外国語を理解し、あるいは英国王室の歴史を知っていたとしてもグローバルではありません。外国人も同じ人間だという簡単なことを覚える方が先ですね。そしてもっと日本文化を知ることです。自分の国の文化を知らない人は味がないと言うか、国籍のない人間のように思います。海外には歌舞伎など日本の文化に興味を持っている人が多くいて、そうした人と話すときに自分の国のことを知らなければ相手から軽んじられるでしょう。

 しかし最近の日本の学生は国文学に興味がないようです。私は日本文学を愛していますので、それを日本人が無視している現状がとても寂しい。これは私の印象ですが、もし文学や演劇、音楽、美術など日本の文化に関わる学びを犠牲にして国際理解といっているならば、それは考え違いでしょう。国際経済や国際政治など、「国際」とつく専門的な知識を実社会で使う人は限られています。それよりも松尾芭蕉を読んだ方が良いと思います。

――学生がグローバルな視点を身につけるために何をすべきだとお考えですか。

 日本文学者として述べるならば、まずは自分の国の文化を学び、自身の基礎となる知識を築くべきでしょう。その上に世界の文化を積み重ねれば良いのです。それが本当の意味でのグローバル化だと思います。最近は海外で日本文化が高く評価されることが多々あります。私が日本文学を研究するきっかけとなった『源氏物語』はさまざまな言語に翻訳され、世界中で愛されています。日本人も小説として『源氏物語』を楽しむと良いですね。原文が難しければ現代語訳でも良い。先生も、試験対策としての文法の説明だけではなく、紫の上や六条御息所についてどう思うかと問うなど、もっと文芸作品としての面白さを教えるべきです。そうでなければ文化にはなりませんし、何のためにもなりません。

 高校を含めた学生時代というのは、生涯でそういう本を集中的に読める唯一の時期です。その時期にぜひ古典文学を読み、学識を深めてほしいと思います。例えば近松門左衛門を理解した上でシェイクスピアを読み、共通点や相違点について考えをめぐらすのが理想です。単に外国の芝居や映画を観て外国を知った気になっているなら、それは学問ではありません。良い学問とは難しく、自分の頭で考えなければならないものですから。幸いにも早稲田は国文学の研究が盛んですから、これからも研究を続けて世界に発信していってほしいと願っています。

――最後に、今後の夢を教えてください。

 私は恵まれている人間だと思います。すばらしい日本の友人たちと出会うことができ、90歳を迎えてもこうして元気に暮らせています。仕事も認められ、さまざまな賞もいただきました。だから今後のことはあまり考えていません。ともあれ、現在執筆している石川啄木の研究を完成させることが目下の目標です。東北の片田舎で生まれ育った彼が、なぜ現代にも通じる思想を得、日本語が豊富で英語を読めて、絵画の良し悪しをためらいなく判別し得たのかなど、その謎を解明したいと考えています。

ドナルド・キーンさん/コロンビア大学名誉教授 日本文学研究者

1922年ニューヨーク生まれ。日本文学研究者、文芸評論家。コロンビア大学名誉教授。16歳でコロンビア大学に入学。1940年、アーサー・ウエーリ訳『源氏物語』に出会い、日本研究の道へ。第二次世界大戦中は海軍日本語学校で学び、通訳官を務める。戦中、戦後をかけてコロンビア大学で博士号までの学位を取得。ケンブリッジ大学を経て1953年に京都大学に留学。アメリカ帰国後はコロンビア大学で日本文学を教える。作品を翻訳し海外に紹介するなど、日本文学の国際的評価を高めるきっかけをつくった。2004年文化功労者、2008年文化勲章を受章。

早稲田大学芸術功労者顕彰記念「ドナルド・キーン展」

5月21日~ 8月4日まで、演劇博物館1階 六世中村歌右衛門記念特別展示室において「ドナルド・キーン展」を開催しています。
「芸術や歴史を語る展覧会を開催」をご参照ください。