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キャンパスナウ

▼2013 早春号

第二世紀へのメッセージ

早稲田大学に関係のある方にお話を伺い、客観的な視点により、早稲田大学の魅力や課題を浮き彫りにします。

園田 天光光さん
略歴はこちらから

世界平和を実現するために
子どもたちに平和を願う心を

園田 天光光さん

本学が初めて女性を正規生として受け入れたのが1939年。その1期生4名に続いて、翌年、2期生として入学した園田天光光さん。数えるほどしか女子学生がいなかった学生時代の思い出や、早稲田大学に期待すること、今取り組んでいらっしゃることなどをお聞きしました。

女子学生受け入れ直後から男女平等だった早稲田

――当時は女性が普通の大学へ進学することは稀だったと思いますが、なぜ早稲田大学に入ろうと思われたのですか。

 父に「男女の別はない」と教えられていたこともあり、これからの女性は、男性と同じ理解力を持たなければいけないと考えていましたので、東京女子大学を卒業後、早稲田大学を受験しました。当初は政治経済学部に行くことを考えたのですが、最終的には法学部に入学し、政治経済学部の講義も聴講することになりました。

――どのような学生時代を過ごされましたか。

 楽しかったですね。法学部の同期300名ぐらいの中で女性は3名しかいませんでしたが、女性だからという引け目を感じたこともありませんし、男子学生も自然に接してくれ、平等にお付き合いしていました。

 授業の合間には、たまり場になっていたひいきの書店に行って、お昼を食べたり、勉強したり、仲間と議論を交わしたりしていました。本を何でも手当たり次第に読み、自分の知識が肥えていくことが楽しかったことを覚えています。

 最近の学生はインターネットばかりのようですが、本を読むことを強く勧めます。世の中を良くするには、まず自分が教養豊かな立派な人間にならなければなりません。そのためには本を読むことが不可欠です。

餓死をなくすために女性初の代議士に

――戦後および男女普通選挙制度の下での初の選挙となった第22回衆議院議員総選挙で当選され、日本初の女性代議士の一人として活躍されました。代議士になったきっかけを教えてください。

 戦時下の繰り上げ卒業で1942年9月30日に卒業となり、翌日には男性の同級生は皆入隊しました。多くの同級生が戦地で亡くなって、私は何のために生き残ったのだろうかと自問する日々が続きました。そんなとき、ラジオで上野では餓死者が出ているという話を聞いて、居ても立ってもいられず、父と上野に向かったのです。地下道にはたくさんの餓死者がいて、こんなことで良いのかと考えながら新宿まで行き、往来の人に自分が考えていることを呼び掛けました。街頭演説というより、ただ呼び掛けただけなのですが、皆さんが話を聞いてくださって、同志が集まり、餓死防衛同盟という名前をつけて活動するようになりました。家のない人たちに兵舎を開放することや保有米の放出などを国会に陳情したところ、当時の弊原総理と面会することもできました。そうこうしているうちに、1946年に、衆議院選挙があり、同志の代表として立候補することになったのです。ですから最初から代議士になりたかったわけではなく、やりたいことを訴えていたら自然と国会に出ることになりました。

早稲田の教旨を守り続けてほしい

――早稲田大学は創立150周年に向けた新たなビジョンを策定しました。グローバルな視野を持って世界で、または地域社会で活躍する人材の育成を指針として掲げています。今後の早稲田大学に期待することをお聞かせください。

 早稲田と言えば、大隈重信先生が描いた教旨に尽きるのではないでしょうか。その精神を守り続けていくことを期待しています。あの雰囲気の中で成長できたことを誇りに思っています。昨年4月、女性の卒業生の集まりである稲門女性ネットワークの会合でお話しさせていただくことになりキャンパスを訪問しましたが、現役の女子学生さんたちが明るく活発で、これからの時代も安心だと思いました。

母親の教育が世界平和の源

――現在もさまざまな分野でご活躍になられていますが、今後成し遂げたいと思っていることは何でしょうか。

 世界平和を実現するためには、子どもの頃から平和を願う気持ちを持つことが大切です。1979年の国際児童年に「世界の平和は子どもから」をキャッチフレーズに、日本から在日各国大使館の大使夫人を通して世界100カ国に、100組200体の市松人形が贈られたのですが、その答礼に57カ国から平和へのメッセージとともに、その国の衣装をつけた人形が贈られてきました。お届けするのに最も躊躇したのは中東戦争などで戦火が激しかったイスラエルだったのですが、迷った末に最後に贈ったにも関わらず、一番乗りで答礼人形が送られてきて驚きました。「分かってください、私たちはそれほどさように平和を待ち望んでいるのです」とのことでした。これらのお人形たちを保存、公開するための「世界平和大使人形の館」の建設を実現し、日本の子どもたちに世界からの平和のメッセージを伝えていきたいと強く考えています。

――女性の地位向上に取り組んでこられた園田さんから、女性たちに向けてメッセージをいただけますでしょうか。

 子どもが平和を願うようになるには、母親の力が重要です。世のお母さんたちが、そして女性たちが平和を真に願う気持ちを持って、子どもたちを育んでいってほしいと思います。

1978年 訪中し鄧小平夫妻と会談

園田天光光さんの近著
『へこたれない心』学研パブリッシング
危機や苦難を乗り越え前向きに生きていくための秘訣を余すところなく公開。

園田 天光光(そのだ・てんこうこう)さん

1919年生まれ。1940年東京女子大学英語専攻部卒業、1942年早稲田大学法学部を卒業し、1944年から海軍省報道部嘱託。1946年、第22回衆議院議員総選挙で旧東京2区から餓死防衛同盟の代表として立候補し当選、日本初の女性代議士に。現在、社団法人日本ラテンアメリカ婦人協会名誉会長、NPO法人世界平和大使人形の館をつくる会理事長、自民党各種婦人団体連合会会長など、数々の要職を務める。