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▼錦秋号

第二世紀へのメッセージ

元サッカー日本代表 釜本 邦茂さん 略歴はこちらから

スポーツ振興を通して
次世代の人材を育てたい

釜本 邦茂さん/元サッカー日本代表

本学在学中には、天皇杯優勝、関東リーグ4年連続得点王という実績を残し、メキシコオリンピックでは日本の銅メダル獲得に貢献した釜本邦茂さん。現在も、子どもたちにサッカーの楽しさを伝える啓発活動を続けています。大学時代の思い出やサッカー普及活動にかける思いについてお話を伺いました。

学生最強のチームでサッカー漬けの毎日

――早稲田大学を選んだ理由は何ですか。

 京都出身なので、関西の大学に行くものだと思っていましたが、私の母校である山城高校の先輩が3人も早稲田に進学して話を聞いていましたし、2年後に控えた東京オリンピックに出場するためには、東京の強豪校に入ったほうがいいと考え、早稲田を選びました。その頃には、将来どういう形であっても、生涯サッカーをしていきたいという決意がありました。

――大学時代の思い出をお聞かせください。

 私が在籍していた4年間は、早稲田サッカー部の黄金期でした。4年間で、何十回も試合をしましたがほとんど負けていません。当時、世間からは、「早稲田のサッカーは勢いだけの百姓一揆、慶應はショートパスでスマートだ」と言われていましたが、実際は優秀な選手が多く、工藤孝一監督のもとで、とても内容の濃いサッカーをしていたと思います。

 大学時代に最も忘れられない試合は、4年生の天皇杯全日本サッカー選手権。当時、日本サッカーリーグ最高のチームだと言われていた東洋工業(現マツダ)との決勝戦の日、日本選手権ラグビーの決勝戦もありました。大方はラグビーが勝つだろうと予想したため、応援団はラグビーのほうに行ってしまいましたが、結果は、サッカーのほうが優勝し、学生時代の有終の美を飾ることができました。

「一番になりたい」という気持ちを芽生えさせたい

――子どものためのサッカー教室を続けていらっしゃいますが、どのような思いで取り組んでいますか。

 全国で年間1,000回以上のサッカー教室を開催しています。同じ子どもたちを継続して見ているわけではありませんが、プロになった選手に「私も子どもの頃、釜本さんのサッカー教室に参加しました」と言われると、感慨深いものがあります。やはり、良い選手を育て、強いチームを作るためには、まずサッカーの裾野を広げなくてはいけません。子どもたちが、サッカーは面白いと思えるような機会に巡り合い、続けてくれれば、その中から強い選手が出る可能性が高まります。私が子どもの頃は、サッカーは全国的には今ほど盛んではありませんでしたが、東京オリンピックのときに、席数が多くチケットが手に入れやすいサッカーを観戦した人が地方に帰って、急速に広まっていったと聞いています。なでしこジャパンの活躍は、女子サッカーの普及に大いに貢献していますね。これからもサッカーの普及という大事な役割を担っていきたいと思っています。

――サッカーを通して、子どもたちに伝えたいことは何ですか。

 試合に出ると「勝ちたい、一番になりたい」という気持ちが芽生えます。そして、勝つためには何をすべきかを考え、ボールを扱う技術を身に付け、スタミナを付け、体を鍛えようと努力します。目標を設定し、ゴールまでの道筋を自分なりに考える――そうしたことを一人でも多くの子どもに経験してもらいたいですね。

大学スポーツの活躍が校友と大学との絆を深める

――大学スポーツについてはどのようにお考えですか。

 アマチュアスポーツですから、学生としての本分も見極めながら、アスリートを目指していければいいと思います。プロを目指さなくても、同好会で仲間と汗を流して、楽しむことができればいいですね。スポーツには持続力と体力が必要ですが、それは勉強にも必要なことです。そういう意味では若い頃からスポーツで体を鍛えておくことは非常に大事です。

 また、私立の学校の場合、スポーツの活躍は認知度を向上する大きな力になりますし、母校のチームが活躍することは校友の楽しみの一つです。卒業してからも学校との絆を深める一つのきっかけになりますね。

――早稲田大学にはスポーツ科学部がありますが、スポーツを学問として研究・教育する意義については、どのようにお考えでしょうか。

 ヨーロッパに比べると日本のスポーツは遅れています。そもそも日本におけるスポーツの歴史は明治以降の話で、誰もがスポーツをするようになったのはごく最近の話です。ヨーロッパでは、昔から市民のためのスポーツクラブや施設があって、ジョギングをするのも公園の中ですが、日本では公道です。日本にもスポーツができる環境を整備していかなければなりません。多面的にスポーツを研究し業界をより良くする意味でも、スポーツ科学部には期待しています。

――最近の学生は内向き志向だと言われますが、高校生の頃から海外遠征をされていた釜本さんから見て、海外に出ることはどのような意味がありますか。

 今でこそ、インターネットやテレビで外国の生活を見聞きすることができますが、私が若い頃はそんな情報はありませんでした。中学生になってサッカーか野球で迷ったとき「野球なら甲子園球場までしか行けないけれど、サッカーで代表選手になれば世界に行ける!」と先生に言われて即決したほど、海外に行きたいという気持ちは強かったですね。念願かなって日本ユース代表に選ばれ、初めて行ったのはバンコクです。見るもの聞くもの珍しく、さらに好奇心が高まり頑張ることができました。サッカーをしたいのか、海外に行きたいのか分からなくなるくらい、海外遠征は重要な目標でしたね。

 映像で見て、外国を知っているような気になっている人もいるかもしれませんが、実際に足を運んで、その国の人と話をしないと、本当に知ったことにはならないと思います。交流をより楽しむためにも語学は習得しておいたほうがいいですね。

――早稲田大学に期待することをお聞かせください。

 体育各部にはもっともっと頑張ってほしいと思います。また、スポーツに限らずいろいろな分野で、新しい時代を切り開くような早稲田出身のリーダーが出てくることを期待しています。

日本代表時代の釜本氏(1976年)

釜本 邦茂(かまもと・くにしげ)さん/元サッカー日本代表

日本を代表する元サッカー選手。1944年京都生まれ。1967年本学商学部卒業。卒業後はヤンマーディーゼル株式会社に入社し、日本代表FWとして1968年のメキシコオリンピック銅メダルに貢献、大会得点王も獲得した。引退後は、ガンバ大阪初代監督、日本サッカー協会副会長などを歴任。1995年に参議院議員に当選。現在は、日本サッカー協会顧問を務めながら、子どものためのサッカー教室を開催し、指導者としてサッカー普及のために尽力している。