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▼盛夏号

第二世紀へのメッセージ

清家 篤さん 略歴はこちらから

良き好敵手として触発し合い
さらに高め合う存在に

清家 篤さん/慶應義塾長

 本学の良き好敵手である慶應義塾の清家塾長に、現代社会において私立大学が果たすべき役割や、 本学に期待することについてうかがいました。

人生を決めた
労働経済学との出会い

――どのような学生時代を過ごされましたか。

 日吉キャンパスに通っていた1、2年生の頃は、出身高校のラグビー部のコーチなどをしながら、特に将来の目的も決めずに自分探しをしていました。ゼミの指導教授は労働経済学の島田晴雄先生です。労働経済学に出会ったことで、経済学がいかに人間の行動や社会問題の解決に役立つ学問であるかを知り、その面白さに目覚めました。大学院では、高齢化社会にいち早く注目していた島田先生の研究プロジェクト「高齢者の労働供給についての計量分析」をお手伝いすることになり、今に続く生涯の研究テーマになりました。計量経済学による分析は、当時米国で急速に発達していたマイクロデータ(個票)を大型コンピュータで統計解析するという新しい方法で、まだプログラム・パッケージもなかったので、悪戦苦闘しながらコンピュータ言語を学び、自分でプログラムを作ったりしていました。

自分の頭で考える
能力を持った人材を育成

――現在、日本の大学はさまざまな課題を抱えていますが、大学が果たすべき役割は何でしょうか。

 大学も社会の一員ですから、社会の変化にどう対処すべきかを考えていかなければなりません。その際の基本となるのは、何が学生の幸せにつながるかという視点です。その点から大学が果たすべき役割は、二つあると考えています。

 一つは、変化への対応力をもった人材を育成することです。いわゆる即戦力というのは、現時点で役立つ力であって、状況が変われば役立たなくなります。むしろ身につけるべき最も重要な能力は、変化への適応力、すなわち自分の頭で物事を考える力です。

 現在の社会は地球温暖化、少子高齢化、財政危機といった大きな変化に直面し、社会構造の持続可能性そのものが問われています。このような時代においては、過去の延長線上で物事を考え、問題を解決することは、ますます難しくなります。問題を見つけ、仮説を立て、客観的な方法で検証し、結論を導くという、自分の頭で考える能力が求められているのです。これは学問の作法に他なりません。つまり、大学で学問をしっかりと修めることが、自分の頭で物事を考える力を身につける最良の方法なのです。

 また、課外活動においても考える能力は養われます。体育会の学生によく言っていることは、スポーツも学問であるということ。例えば早慶戦で勝つという課題について、勝つための方法を自分たちで考え、試合に臨むことは、まさに自分の頭で考えるということです。

新しい価値を生み出す研究を

 大学が果たすべきもう一つの役割は、高度に発達した社会において必要とされる高い付加価値を生み出す能力を、学生に身につけてもらうことです。また、新しい価値を生み出すには、基礎的な研究、あるいは将来に価値を生み出す長期的な研究も必要です。

 今年1月に行われたグローバル・ユニバーシティ・リーダーズ・フォーラムでも、厳しい経済状況の中で、本来大学が担うべき基礎研究や長期的な研究に資源が配分されなくなることへの危機感が共有されました。基礎研究が大切なのは、現在私たちが享受している物質的に豊かな社会は、もとをたどれば学問の進歩によって実現されたものだからです。産業革命をもたらした近代技術を生み出したのは、ニュートンの古典力学に代表される近代科学であり、その万有引力の法則のもとになったのがケプラーの法則です。原子力利用を可能にしたのはアインシュタインの量子力学、生命科学産業のもとになったのは、ワトソンとクリックによるDNA構造の発見です。大事なことはニュートンもケプラーもアインシュタインもワトソンとクリックも、純粋な学問的好奇心に従って研究をしていたということです。それが結果的に後の社会を豊かにしました。

 学問は、私たちが見ているものは必ずしも真実ではないということを教えてくれます。コペルニクスの地動説が良い例ですが、人々は天文学を通じて、長年信じてきたことが真実ではないことを理解しました。自然科学だけでなく、社会科学でも同じです。福澤諭吉が「学者は社会の奴どがん雁でなければならない」といっています。奴雁とは、雁の群れが一心にえさをついばんでいる中で一匹だけ首を伸ばして、周囲を窺い危険を察知する役割を担う雁です。学者は、まだ誰も気づいていないことを解き明かしていかなければなりません。同時代人に批判されることもあるでしょう。しかし、目先の利害得失に流されることなく、将来を見通す人がいなければ、社会は進歩しません。

変化の時代だからこそ
多様なものの見方が必要

――このような状況の中で、私学が果たすべき役割は何でしょうか。

 私立大学には独自の建学の理念があり、それぞれの個性が日本の教育・学問に多様性を与えています。大きな変化の時代であればあるほど、リスクを分散する意味でも、多様な考え方が必要です。慶應の言葉で言えば「独立自尊」であることが私立大学の存在意義でしょう。

――早稲田大学にはどのような印象をお持ちですか。早稲田に期待することは何でしょうか。

 早稲田は、慶應義塾にとって良き好敵手であり、一方で手を携えて向上しあっていく間柄です。よく「早慶」と言われますが、セットになることで、単体以上のブランド価値を持ちます。あらゆるスポーツの早慶戦もお互いがいてはじめて成り立つわけです。また、早慶、高麗大学、延世大学と4校で毎年開催している「日韓ミレニアム・フォーラム」など国際連携での協力も大切です。

 早稲田と慶應義塾の建学の理念は異なります。早稲田は大隈先生の、そして慶應義塾は福澤先生の建学理念を今日まで守り続け、社会に貢献してきました。今後もそれぞれの建学理念を堅持し、個性を発揮していきましょう。個性が違うからこそ、触発し合い、補完し合い、お互いを高め合うことができます。これからもよろしくお願いします。

清家 篤(せいけ・あつし)さん/慶應義塾長

1954年生まれ。1978年慶應義塾大学経済学部卒業。1983年同大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。1993年博士(商学)。1992年同大学商学部教授、同大学大学院商学研究科委員。2007年同大学商学部長、同大学大学院商学研究科委員長、慶應義塾理事。2009年より現職。この間、カリフォルニア大学ロサンゼルス校客員研究員、経済企画庁経済研究所客員主任研究官などを歴任。