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第二世紀へのメッセージ

乙武 洋匡さん 略歴はこちらから

自分が生まれた意味を考え、今できることを精一杯に。

乙武 洋匡さん/作家

 印象的な表紙と自身の経験をユーモラスに綴った内容で大きな反響を呼んだ『五体不満足』。在学中にこの本を書いた乙武さんは卒業後、スポーツライターや教師などさまざまな分野で活躍されてきました。これまでの歩み、そしてご自身の活動を通じて社会に伝えたいメッセージについてお話を伺いました。

「立派な人」というプレッシャーを乗り越えて

――まずは早稲田で過ごした学生時代についてお聞かせください。

 大学ではさまざまなことに挑戦しましたが、大学1年生の秋に参加した「早稲田いのちのまちづくり実行委員会」が特に印象に残っています。元々は事業ごみの有料化に伴い、早稲田商店会がごみの削減やリサイクルの推進に取り組んでいたのですが、活動を進めるうちにバリアフリーや地域教育を整備していく必要性に気付き、「力を貸してもらえないか」と声を掛けてくれたのです。車イスの学生が参加していることが新聞にも掲載され、その後はマスコミに登場する機会が増えていきました。『五体不満足』も僕のドキュメンタリー番組を見た出版社の方が、「本を書きませんか」と執筆を依頼してくれたことで誕生したんです。こういった意味でも「早稲田いのちのまちづくり実行委員会」は自分にとって原点と言える活動だと思っています。

―――『五体不満足』を書かれて心境の変化はありましたか。

 幸いなことに多くの方々に読んでいただけましたが、実は精神的に負担となっていた時期もありました。そもそも僕は福祉を学んでいた人間ではありません。障がいがあっても人生を楽しく過ごす人間だっている。そんな気持ちで書いた本なのですが、出版後は世間から「福祉の未来を担う人」としてとらえられているように感じました。「乙武さんは立派」「素晴らしい活動だ」といった過度な賞讃や期待を、やがてわずらわしく、十字架を背負わされたかのように感じるようになりました。「本なんて書かなければ良かった」と後悔もしました。そんなときに僕を救ってくれたのが家族であり、大学の友人たちです。世間で描かれたイメージとの乖離に苦しんでいるときも、家族や友人たちと過ごすときだけは素の自分に戻れました。彼らに対しては感謝以外の言葉が見つかりません。

―――卒業後の仕事としてスポーツライターを選ばれた理由は何ですか。

 一番の理由は、福祉とは全く違う分野に挑んでみたかったからです。そう考えたとき、最初に思い浮かんだのが昔から大好きだったスポーツでした。そしてライターは「誰が書くか」ではなく、「何が書かれているか」が重視される職業。書く技術をしっかりと身に付ければ、「あの『五体不満足』の著者」として世間から注目を浴びなくなっても仕事をしていける。自分の生き方を考えたうえで、新しいことに挑戦する決断をしました。

これまでにもらった愛情を社会に還元したい

――スポーツライターとしてキャリアを積まれた後、活動の場を教育へと広げられた経緯を教えていただけますか。

 10代前半の子どもたちが重犯罪に手を染めてしまうニュースを見るたびに、僕は加害者側の少年少女にも「かわいそうに」という感情を抱いていました。被害者や遺族の方々のお気持ちを軽視するわけではありませんが、僕は子どもたちのサインに気づいてあげられなかった周囲の大人にも責任があるように思ったのです。そこで改めて僕の人生を振り返ってみると、自分がいかに恵まれた環境で育ったのかに気付きました。僕が生まれたとき、周囲の人は母がショックのあまり卒倒するのではないかと心配したそうです。でも母は初めて僕を目にしたとき、「かわいい」と言って抱きしめてくれました。母親だけではありません。父や周囲の大人たちの愛情があったからこそ、僕は「自分は愛されている」という自己肯定感を育むことができたのです。今度は自分が、社会や下の世代に対して恩返しをしたい。教育に意識が向くようになったのはそんな気持ちからです。

―――教員時代で印象に残っている出来事はありますか。

 3、4年生と2年間担任をした男子児童のことが忘れられないですね。小学校では毎週のように漢字のテストがあり、彼はよく勉強をしていたのですが成績は思ったように上がりません。それでも彼は諦めませんでした。学年最後の漢字テストは三学期に習った漢字が出題される総復習。そのため、クラスで「漢字博士」と呼ばれていた児童でさえ満点を逃すほど難易度は高くなります。しかし、彼はそのテストで満点を取ったのです。彼の答案に一つずつマルを付けながら、最後の方は手が震えてきました。僕はどちらかと言えばその場の勝負強さが持ち味で、「継続は力なり」という言葉が苦手でした。しかし、彼のひたむきな姿に、その言葉の意味を改めて教えてもらった気がします。子どもたちと過ごした3年間は、僕にとってかけがえのない、貴重な体験。本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。

感謝の気持ちを忘れず、自分にできることを

――次々と新しいことに挑戦する原動力は何でしょうか。

4月に開園したばかりの「まちの保育園 小竹向原」

 作家、スポーツライター、教員を経て、現在は地域と融合しながら子育てをすることをコンセプトとした保育園の運営に携わっています。やっていることがバラバラだと感じる方もいるかもしれませんが、実はすべて一本の線でつながっているのです。「みんなちがって、みんないい」。このメッセージを伝えたいという強い気持ちが全ての原動力になっています。今後、具体的に何をしていくかはまだわかりませんが、これまで多くの人に支えられてきた感謝の気持ちを忘れず、この体で生まれてきた僕だからこそできることを意識しながら、さまざまな活動をしていくつもりです。

――最後に、これからの早稲田大学に対して期待することをお聞かせください。

 早稲田の魅力と言えば、全国からさまざまな価値観を持った人が集まる多様性と、それを受け入れる懐の広さではないでしょうか。こうした早稲田の特徴は、今後も残していっていただきたいです。また、これは大学だけでなくご家庭においても同じことが言えるかもしれませんが、学生が挑戦したとき、その結果のみで判断することなく、まずは挑戦した姿勢を評価してほしい。失敗を恐れていては何も始まらず、有意義な経験を積むこともできませんから。チャレンジ精神を持った人材を輩出するためにも、ぜひ学生が挑戦しやすい環境を整えていってほしいですね。

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乙武 洋匡(おとたけ・ひろただ)さん/作家

1976年生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業。大学在学中に執筆した『五体不満足』が500万部を超える大ベストセラーとなる。大学卒業後は、約7年間にわたりスポーツライターとして活躍。2005年には新宿区教育委員会の非常勤職員として教育活動をスタートさせる一方、明星大学の通信課程で学び、小学校教諭免許状を取得。2007年~10年、3年契約で杉並区立杉並第四小学校の教諭を務める。現在はナチュラルスマイルジャパン株式会社取締役として「まちの保育園 小竹向原」の運営に携わりながら、執筆や講演活動を行っている。