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第二世紀へのメッセージ

渥美 由喜さん 略歴はこちらから

生き方にこだわり続けたから今の自分がある。

渥美 由喜さん/株式会社東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス 研究部長

 最初は社会保障の研究を始め、現在はダイバーシティやワークライフバランスといった旬のテーマを扱う渥美さん。全国から数多くの仕事、講演会の依頼が寄せられています。10月には、本学でも「ワークライフバランスの理念と実践~イクメン(育男)の多い会社は業績アップ~」と題した講演を行い(男女共同参画推進室主催)、多くの男子学生を含む220名以上が耳を傾けました。

両親から学んだことは、他者を尊重する心

――最初にダイバーシティやワークライフバランスといった研究テーマを選ばれたきっかけをお聞かせください。

 私は子どもが大好きで、自分にまだ子どもがいなかった20代の半ばから地域の「子ども会」を主催していました。会では子どもたちに紙芝居を読んだり、一緒に野球やサッカーをして汗を流します。子どもたちと過ごす時間は私にとってかけがえのないものでしたから、自然と子育ての環境に対して興味を持ち、現在の研究テーマに取り組むようになったのです。

 子育てにおいては「子ども会」のように地域のダイバーシティが大きく関係します。また、勉強ができる子、スポーツに秀でた子、性格の優しい子とさまざまな個性を認めるという点では、子育て自体がダイバーシティそのものだと思います。一方、子育てをしながら働ける職場を考えるとワークライフバランスに行き着きます。ダイバーシティとワークライフバランスは一般的に別のものとして捉えられていますが、私は同じ出発点から研究をスタートさせました。

――現在行っている研究の出発点は子育てだったのですね。ご自身はどのような子ども時代を過ごされたのですか。

 育った家は裕福ではありませんでしたが、幸せな少年時代だったと思います。父親は大工、母親は医療事務の仕事をしていました。まだ就学前だったと思いますが、あるとき庭で遊んでいると「こんなボロ家に住んでいる大工は大した腕じゃない」と道行く人が話しているのが聞こえました。確かにそう言われても仕方がない家でした。私が泣きながら家に駆け込んで、母親に事の顛末を話すと「ボロ家かもしれないけど、お父さんはもっといい家にしようとお仕事を頑張っているから応援しよう。今は悔しくても、いつかきっといい経験だったと思える日が来るから」と励ましてくれたのです。一方で父親も、家庭を一生懸命支える母親にいつも感謝していました。ダイバーシティやワークライフバランスの本質は他者を尊重する心です。貧しくはありましたが、相手に感謝し、お互いを尊重する気持ちに満ちた家庭で育ったことは今の私に大きく影響を与えていると思います。

「どう生きるか」を考え、自分の道を決める

――渥美さんは育児休業を2度取得され、ワークライフバランスを実践する“イクメン”として知られています。実際に育児休業を取得されたことで得たものはありますか。

 家事と育児を始めたとき、やることのあまりの多さに唖然としました。自分がそれまでいかにできていなかったかを知る良い機会でした。また、育児休業を取得したのは今の会社に移る前ですが、当時は周囲から理解を得ることはできませんでした。休暇を取らずに働くのが模範的社員という風潮が残っており、何よりも私は男性育児休業取得者第1号。風当たりが強かったのは当然かもしれません。私は、育児休業を理由に評価を落とさないでほしいと会社に訴えました。育児休業で評価が落ちれば、取得者が続かないと思ったからです。もちろん権利だけを主張するわけにはいかないので、仕事のパフォーマンスは落とさないことを約束しました。最終的には人事部長や社長まで巻き込んで何とか条件を飲んでもらいましたが、人間関係ではしこりが残りました。

――大変な苦労があったのですね。

 結局は転職したのですが、全ては自分で選んだ道です。私は人生において、生き方にこだわりたいと思っています。大切なのは仕事を含めて自分がどう生きるか、どのような人生を送るかです。思えば研究テーマを選んだときも同じでした。私は最初に社会保障の研究を始めたのですが、周囲には「なぜ社会保障のように社会的に陽の当たらないテーマを選ぶのか」と怪訝な顔をされたのを覚えています。しかし、研究のテーマが社会的に注目されているかどうかは関係ありません。世の中が少しでも良い方向に進んでほしい。研究を始めたのは単純にそのような思いからです。社会保障からダイバーシティやワークライフバランスへと研究を派生させる間に、社会の関心も高まりましたが、これは私に先見の明があったわけではなく単なる偶然。もし注目されなかったとしても同じ研究を続けていたと思います。

今の活動がいつか世の中を変えると信じて

――日本でも関心が高まってきたとはいえ、男性は育児休業を取得しにくいのが現状だと思います。今後このような風潮は変わっていくのでしょうか。

 すでに企業では二極化が始まっており、これから先はさらに顕著になるでしょう。ダイバーシティとワークライフバランスを実現している企業には優秀な人材が集まり、その結果として高いモチベーションが保たれ、効率的な組織になると言われています。また多様性に富んだ社員が気持ちよく働ける風土からは革新的な商品・サービスが生まれやすく、会社の競争力を高めることになります。まさに今の日本の企業に必要なことだと思うのですが、猛烈に働くことで成功を収めてきた世代の意識はなかなか変わりません。私は考え方が浸透しないことから“粘土層”と呼んでいるのですが、特に現場のリーダーである課長・部長クラスに多いように感じます。

お子さん二人を保育園に送ってから出勤

――渥美さんは現在“粘土層”の方々に対して啓蒙活動をされているのですね。

 なかなか手強いですよ。どれだけ言葉を尽くしても、全く聞き入れてもらえない方もいますから。でも中には、自分の娘が毎晩夜遅く帰って来るのを目の当たりにして考えが変わった人などもいます。社会全体の意識が変わるにはまだまだ時間がかかると思いますが、地道に活動を続けていくつもりです。

――本学での講演会では、男子学生からも積極的に質問が出ていましたが、本学の学生に対する印象はいかがでしたか。

 とても真剣に聴いてくれて反応もよく、話したことがス~ッと吸い込まれていくようでした。非常に優秀だなという気がしましたし、質問も的確でレベルが高かったですね。

――最後に本学に対して期待することをお聞かせください。

 大学自体のダイバーシティ推進です。世界レベルで見ると、性別や国籍などでダイバーシティが進んでいる大学ほど研究成果が高いという結果も出ています。ぜひ多様性に富んだ学生、教員、そして職員が集う大学を目指していただきたいですね。大学は、学生が長い人生をどう生きるかを決める大切な場所。多様化を推し進め、より魅力あふれる大学になってほしいと思います。

渥美 由喜(あつみ・なおき)さん/株式会社東レ経営研究所 ダイバーシティ&ワークライフバランス 研究部長

1968年生まれ。東京大学法学部政治学科卒業。1992年、富士総合研究所に入社。その後、富士通総研での勤務を経て、2009年6月より現職。主な研究テーマはダイバーシティやワークライフバランスで、企業や自治体へのコンサルティングを積極的に行っている。また講演会も数多く実施しており、2010年10月22日には本学においてワークライフバランスに関する講演会が開催された。2児の父親であり、過去に2度の育児休業を取得したいわゆる“イクメン”。座右の銘は「市民の三面性=家庭人、地域人、職業人」。