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第二世紀へのメッセージ

長 有紀枝さん 略歴はこちらから

世界の問題に関心を持てる
「想像力」を育ててほしい

長 有紀枝さん/特定非営利活動法人 難民を助ける会 理事長

 緊急支援や地雷対策など、国際的な支援活動を行っている「難民を助ける会」の長さん。活動を始めたきっかけ、活動に対する考え、学生たちへのアドバイスなどについてお話を伺いました。

留学時代の差別がすべての始まりだった

――「難民を助ける会」設立の経緯についてお聞かせください。

 1970年代後半、インドシナ3国であるベトナム、ラオス、カンボジアから「ボート・ピープル」と呼ばれる難民が数多く流出。しかし、受け入れに対して消極的だった日本は「難民に冷たい日本人」と世界から非難を浴びました。そのような声に対して、「憲政の父」と呼ばれた政治家、尾崎行雄の三女である故・相馬雪香は「本来、日本人には『困った時はお互いさま』と見ず知らずの人にも手を差し伸べる善意の伝統がある」と心を痛め、1979年、「インドシナ難民を助ける会」を設立しました。相馬は活動目的として、難民支援活動はもちろん、活動を通して日本人の心を世界に開いていくことも一つとして挙げています。その後、1984年にアフリカにも活動を広げ、「インドシナ」を取った「難民を助ける会」という現在の名称となりました。

――具体的にどのような活動をしているのでしょうか。

 活動は5本の柱によって成り立っています。災害や紛争時の「緊急支援」、地雷被害者などへの「障害者自立支援」、地雷や不発弾の被害にあわないための教育などの「地雷・不発弾対策」、HIVやマラリアに対する「感染症対策」、イベント開催や訪問学習の受け入れなどの「啓発」です。

 当会は、特定の思想、宗教に偏ることなく不偏不党を旨として活動しており、政府や国連などの公的資金だけでなく、個人、団体の方々からの寄付やチャリティイベントの収益が活動資金の中心となっているのが大きな特徴でもあります。

――長さんは、なぜ国際支援の活動を行うようになったのでしょうか。

 大学2年生から3年生にかけて、交換留学生としてアメリカに滞在したことがきっかけです。留学先は、白人学生が9割以上を占める大学で、黒人学生やアジアの留学生に対する差別もあり、嫌な思いを沢山しました。「なんてアメリカはひどい国なんだ」と憤って帰国しましたが、戻って再びショックを受けました。日本にもアメリカと同様に、在日外国人やアイヌ民族などへの差別があることに気付いたからです。こうした経験がきっかけで、民族問題に関心が湧き、大学院で先住民について研究した後、難民問題も広い意味での民族問題と考え、偶然紹介された難民を助ける会で働くようになりました。

――このお仕事を長く続けていらっしゃる理由は何でしょうか。

 私は「人を助けたい」と思って活動をしているわけではありません。「同じ時代に生まれた同じ人間なのに、どうして、こんなにも差があるのだろう」という素朴な疑問が原点にあるからです。そのギャップを埋めるために活動をしているのだと思います。

 難民支援に加えて、地雷対策や地雷禁止国際キャンペーンの地雷廃絶活動に力を入れてきたのも、そのギャップを確実に埋められることが理由です。私たちの仕事は、時に砂漠に水をまくような仕事で、すぐに効果が出るわけではありません。でも地雷は、一つでも除去できれば、誰かが被害にあわなくて済みます。誰かの手足、誰かの命が確実に助かる。こんなに確実な支援はないと思い、90年代半ばに地雷対策を開始しました。現在も難民を助ける会の中心的な活動の一つです。

やりがいよりもむしろ後ろめたいことの方が多い

――「活動を続けていて良かった」と感じるのはどんな時でしょうか。

 もちろんやりがいを感じる瞬間はたくさんありますが、むしろ後ろめたい思いにかられることの方が多いです。自分自身は活動を通じて、思いを同じくしている人々に出会い、素晴らしい経験ができます。しかし、現実は「できたこと」よりも「できなかったこと」の方が圧倒的に多いのです。今から15年前、ボスニア紛争時、スレブレニツァという町でジェノサイド(特定の人種や民族に対する集団殺害)が起こった時、私は事件現場近くの地域で仕事をしていました。でもその時、私は何もできませんでした。現在、NGOの実務家と、大学教員という二足のわらじをはいていますが、ジェノサイドで亡くなった人々の研究を続けなければ、スレブレニツァのような事件は忘れ去られてしまう─。その思いから、これからも研究とNGOの実務を両立していきたいと考えています。

身近でできる国際協力はいくらでもある。

――国際協力の仕事を志望している学生たちへのアドバイスはありますか。

 まずは、学生の時から英語の勉強をきちんとしておくこと。これは絶対に必要なことです。あとは、自分自身の経験からですが、一度社会人になっておくことをお勧めします。国際協力でも他の仕事と同様で、人として、社会人としての基本的なルールが守れないと、良好な対人関係が築けません。

 また、志望していた仕事に就けなかったとしても、諦めないでください。海外で活動することだけが国際協力ではありません。普通に日本で働いて税金を納めること、稼いだお金で寄付をすること、国際協力に関心を持ち続けることも大切な国際協力です。社会貢献に力を入れている企業を志望するのも一つの方法です。そうしたことをしていない会社だったら、自分から上司に提案するのも良いでしょう。身近にできる国際協力はいくらでもあります。

―― 最後に、学生を育てる大学および父母の方々にメッセージをお願いします。

 「無関心は、長期的には、弾丸と同じように人を殺す」という言葉があります。無関心の原因の一つは想像力の欠如ともいわれます。海外の事件をニュースで見て「もし自分の家族や恋人がその場にいたら……」と考えられる想像力を持つことが、行動の第一歩だと思います。その力は読書はもちろんですが、海外でいろいろな経験をすることで身につくはずです。大学には、学生がそうした経験ができるような機会を提供していただきたいですし、父母の皆さんも、お子さんが「海外に行きたい」と言ったときには、安全には十分注意した上で、ぜひお子さんの背中を押してあげてほしいと思います。

長 有紀枝(おさ・ゆきえ)さん/特定非営利活動法人 難民を助ける会 理事長

1963年、東京都に生まれ、茨城県で育つ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒業。同大学院政治学研究科修士課程修了。外資系企業に勤務しつつ、1990年より「難民を助ける会」にてボランティアを開始、1991年より専従職員となる。旧ユーゴ駐在代表、常務理事・事務局次長を経て、専務理事・事務局長(2000~2003年)。この間、紛争下の緊急人道支援や、地雷対策、地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)の地雷廃絶活動に携わる。2007年東京大学大学院総合文化研究科「人間の安全保障」プログラム博士課程修了(博士)。2008年7月より難民を助ける会理事長。2009年4月より立教大学大学院教授。著書に『スレブレニツァ あるジェノサイドをめぐる考察』(東信堂)。