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▼盛夏号

第二世紀へのメッセージ

写真:金子悟
田中 珍彦さん/株式会社東急文化村 代表取締役社長 略歴はこちらから

自由な発想ができる
型にはまらない人材の輩出を

田中 珍彦さん/株式会社東急文化村 代表取締役社長

 1989年に誕生した日本初の大型複合文化施設「Bunkamura」。コンサートホール、劇場、美術館、ミニシアターを中心に構成されたクリエイティブな空間は、誕生当初から渋谷の街で新しい文化を発信してきました。今回は、設立当初から「Bunkamura」を育ててきた田中珍彦さんに、学生時代のエピソード、本学への期待についてお話を伺いました。

演劇が自分の将来を照らしてくれた

――田中さんはどのような学生時代を過ごしましたか。

 私は子どもの頃から早稲田に強い憧れがありました。「先のことは分からないから、早稲田の4年間で人生について考えよう」と思い、自由に学べる学科を探したのです。そこで見つけたのが、第一文学部の演劇専修でした。

 入ってみると、みんな演劇に精通している学生ばかり。劇作家の清水邦夫さん、別役実さんなど、その後演劇界で活躍する方がたくさんいたので、刺激を受けずにはいられない環境でした。1年生の時、私の将来に大きな影響を与えた出来事がありました。先輩から「卒業公演の手伝いをしてほしい」と言われたのです。与えられた役目は限りなくたくさんのチケットを売りさばくこと。そんな経験はないので、とりあえず地図を買い、大学近くの高田馬場から実家の荻窪の間にある「文」の地図記号に印を付けて、それを頼りに高校・短大に売り歩きました。三百数十枚売り尽くしてから先輩のところに報告に行くと、「どうやって売ったんだ」といたく感動されたのです。ご褒美におでんをおごってもらったことをよく覚えています。すると先輩は「チケットを売るのは『制作』という仕事の一つだよ」と教えてくれました。それから裏方の仕事に興味を持つようになったのです。

 今もそうなのですが、私は仲間と先に進まない議論をするよりも、現場で実際に身体を動かすことが好きな「実務屋」。その頃から灯台のあかりに吸い寄せられるように、制作プロデューサーとしての道を選んでいったのです。

「演劇的視点」が固定概念を打ち破る

――大学時代に学んだことで、最も役立っていることは何でしょうか。

 「演劇的視点」を身につけられたことです。「Bunkamura」では、演劇に限らず、オペラ、オーケストラのコンサートや多ジャンルの音楽、映画、美術など、枠にとらわれずにさまざまな分野の芸術を発信しています。例えば、1995年にオペラ「蝶々夫人」をプロデュースした時には、「演劇的視点」がとても役立ちました。たまたまロンドンで『マクベス夫人』のオペラを鑑賞していた時のこと。マクベス夫人役の歌い手が、鉄パイプのベッドに寝た状態で天井からつり下げられ、頭を下にして見事に歌い上げていたのを見て衝撃を受けました。普通、オペラは歌手の歌声を第一に考えるのでこんな姿勢はとらないもの。しかし、「演劇的な演出が加わることで、こんなにおもしろくなるのか」と目から鱗が落ちました。そこで、その作品を手掛けた有名演出家、デイヴィッド・パウントニーにすぐに交渉。当社が用意していた資金の3年分を投じてしまったのです。そうしてできたのは、なんとネグリジェ姿の蝶々夫人。あるお客様からは「ネグリジェ姿の蝶々夫人なんて見たくない!」とお叱りを受けてしまいました。しかし、この衝撃的な演出が作品の評価を高めたのです。「演劇を学んで良かった」と思った瞬間ですね。

人は「しなかったこと」に後悔する生き物

――早稲田に期待したいことはどんなことでしょうか。

 これからも型にはまらない人材を輩出していただくことを望みます。早稲田には演劇界はもちろん、各界で活躍している卒業生がたくさんいます。そういった方々は、型にはまらない学生だったから、自由な発想ができる。つまり、革新的なことが実現できるのです。

 私も早稲田で他の学生とは少し違う活動をしていました。演劇専修の仲間たちと卒業公演を開催したときのこと。東京だけで終わらせるには寂しく、みんな離れがたくなっていたところ、そのうちの一人が「地元の灘に公演できるいい場所があるから、そこでもやろう」と提案しました。すると、もう一人が「名古屋にもあるよ」と言い、地方公演を実施することになったのです。また、早稲田には著名な学生劇団が多く、演劇専修の学生は言うにおよばず、各学部から参加していました。しかし、私たちは1年生の時からそうせず、専修の仲間たちと演劇の同人誌を作り、地方公演もしました。当時はめずらしいことだったようで、大学側の方々が「そんなことをする学生は最近はいないよ」と喜んでくれたのを覚えています。私はそれがとても嬉しかった。大学の運営スタッフや教職員の方々も、何か新しいことをしようとする学生を、ぜひ温かく見守って応援していただきたいと思います。

――ご父母の方々にメッセージをお願いします。

 ぜひご自分のお子様の考えを認め、やりたいことを自由にやらせてあげて灯台のあかりを見つけさせてあげてください。人はしたいことを実行して失敗したとしても、後悔することはありません。しなかったことに対して後悔する生き物なのです。ご父母の皆さんは心配かもしれませんが、お子さんを信じてあげてほしいですね。

田中 珍彦(たなか・うずひこ)さん/株式会社東急文化村 代表取締役社長

1940年生まれ、東京都出身。1965年、早稲田大学第一文学部卒業。1974年、株式会社東急エージェンシー入社。1984年、株式会社東急百貨店に転籍し、Bunkamuraの開発計画からかかわる。1988年、株式会社東急文化村の設立と同時に取締役に就任。オーケストラや劇団とフランチャイズ契約を結び、お互いの特性や魅力を最大限に生かす「フランチャイズシステム」、企業が文化・芸術を長期的に支援・育成する日本初の「オフィシャルサプライヤーシステム」、文化・芸術の各界の第一線で活躍する方々が企画・運営に加わるプロジェクト「プロデューサーズ・オフィス」などを確立。Bunkamuraは1999年度の「メセナ大賞」受賞に輝いた。2001年に同社副社長、2007年に同社代表取締役社長に就任し、現在に至る。