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キャンパスナウ

▼3月号

第二世紀へのメッセージ

王 貞治さん 略歴はこちらから

日本という国を精神的に豊かにする人材育成を

王 貞治さん/福岡ソフトバンクホークス株式会社会長・前監督

野球史に輝かしい歴史を刻んできた王貞治さん。野球や人との出会いを通して学んだ人生の哲学、現在の思いを語っていただきました。

──これまでの野球人生のなかで、常に心掛けていたのはどんなことでしょうか。

 私が22年選手として野球を続けてこられたのは、自分がもっと高いところを極めたい、という気持ちを持ち続けることができたからだと思っています。同じ場所にはとどまれないわけですから、前に進む以上は、もっと良い形で進みたい。お金や名声でなく、野球そのものに、とくに私の場合はバッティングにハングリーであり続けなければと思っていました。ホームランも1試合4本打ちたい。そして、ギリギリで入るよりも、もっと強く、もっと遠くにボールを飛ばしたい、といつも考えていました。

 強くなることは、プロである以上は当然の目標です。プロは人に与える影響を考えると、生き様も大事だと思うんですね。素質とは親から与えられた物。自分で磨くのはそのあとのことですからね。僕らみたいな素質をもらったら、それを磨いて、つぎは人に喜んでもらう仕事ができるかどうか。義務というと堅苦しいけど、それが使命であり天命であると思っています。自然にそう受け止めていったら、練習も苦にならなくなります。

──各分野の方との交流も深く持たれていたようですが。

 恩師やチームメイト、ライバルをはじめ、各分野の一流の方など、人との出会いにはとても恵まれていました。経験のない人は経験のある人から教えられる。敬意を表する。そのことをごく自然に受け止めればいいと思うんです。将来必ず自分にとってプラスになるからです。大切なのは、自分にとってかけがえのない人との出会いに気付くかどうか、ですね。

 たくさんの方との出会いの中で学んだのは、「人生は氷山である」ということです。ものすごい努力をされている方でも表面に出るのは、ほんの一部分だけ。氷山の見えていない部分が少ないと転覆してしまいます。見えない部分がしっかりしているから、自分の足で立っていられる。どんなに揺さぶられてもびくともしない。このことを大切にいつも心に留めています。

──早稲田大学への期待をお聞かせください。

 国を支え、中枢になる人を育てているわけですから、日本という国を精神的に豊かにするとか、人のために労をいとわないという人材を育ててください。大学でそうしたことを教えられるわけではないですけど、卒業した時に知らず知らずのうちに身に付いていたという形が理想ですね。

 スポーツを通して、ルールを守る大切さを自然に学べば、友達も自然にできます。私は野球しか知りませんが、野球であれば、協調心も自然に出てきます。自分がバントしたから、ランナーが進んだ。自分を犠牲にすることにより、得点に結びつく。つまり、それぞれの役割があるんですね。その瞬間、瞬間を自分が一生懸命にやってよかったなと思える人生を歩む人が多ければ多いほど、幸せな国になると思います。

 早稲田というと、質実剛健といった、どちらかというと精神的な部分が強いイメージがあります。それはこれからの世の中で大切なことだと思います。お金がすべて、という世の中になりつつあるので、「日本人の心を持っているね」という人をたくさん輩出してほしい、と思います。

──スポーツを通して子供たちとの交流なども積極的にされていらっしゃいますね。

 野球を通して子供たちとふれあい、一人の男がこんな歳になるまで野球を続け、何かを人に伝えられる姿を見てもらう。そのことで、何かに熱中するのは、素晴らしいことなんだよ、ということを伝えたいです。

 大人には、子供にそのような場と環境を与える責任があると思うんですよ。長年野球をやってきましたので、そうした意味では、少しはこれから恩返しができるのではないかと思っています。

王 貞治(おう・さだはる)さん/福岡ソフトバンクホークス株式会社会長・前監督

1940年東京生まれ。早稲田実業時代、春夏合わせて4回甲子園に出場し、2年生の時、春の選抜では主戦投手として優勝。1958年、読売巨人軍に入団、プロ入り4年目に一本足打法を完成させ、以来連続13年間、通算15回、本塁打王を獲得した。1977年には、大リーグ本塁打記録を破る756号を記録、1980年現役を引退。通算本塁打は868号。1984年から巨人軍監督を5年間務め、1987年にはリーグ優勝を果たす。1995年より福岡ダイエーホークス(現福岡ソフトバンクホークス)監督に就任。リーグ優勝3回、日本シリーズを2回制覇し、2008年シーズンを最期にユニフォームを脱いだ。2006年には、「第1回ワールド・ベースボール・クラシック世界大会」日本代表チーム監督に就任、初代チャンピンオンに導いた。本学推薦校友。