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キャンパスナウ

▼5月号

第二世紀へのメッセージ
松原 泰道

松原 泰道(まつばら・たいどう)さん 略歴はこちらから

感動・希望・工夫 の3Kで人生をより豊かに

松原 泰道さん/龍源寺前住職

100 歳を過ぎた今、昭和初期の学生時代を振り返って、尊敬する先生方、仲間たちとの素晴らしき日々を語っていただきました。

人生訓を教えてくれた明治生まれの先生たち

──松原さんは早稲田高等学院から、早稲田大学に進学されましたが、数ある学府の中から早稲田を選んだ理由は何ですか。

 高輪中学に通っていた時、大隈さんの演説を聞く機会があり、語尾を「あるんである」としめる演説が魅力的で、「早稲田に行きたい!」と思うようになりました。家のすぐ近くにある慶應には行かずに、第一早稲田高等学院を経て、大学の文学部に進みました。

──1930年頃の早稲田大学はどんな雰囲気でしたか。

 ちょうど世界恐慌が起きた時で、国全体が疲弊し、早稲田に多い農村出身の学生たちは、苦学して生活が追いつめられている人もいました。また、当時は左翼の思想が盛んで、早稲田にも大山郁夫や猪俣津南雄など錚々たる面々がいました。大学の看板をはずして共産党大学と書かれた看板を下げる人がいたりして、後になって考えれば非常時に近い状態だったと思います。若者の間ではマルキシズムが一つの流行で、私も文学部の授業の合間に左翼思想の先生の授業を聞いたり、マルクス・エンゲル全集を読んだりしていました。

 ある日、私の留守中に特高警察が家に来て、勉強部屋に押し入ったことがありました。机の上のマルクスの本を一冊持って行こうとした警官に対して、父は「一冊持って行くなら全部持って行きなさい、それができないなら私をひっぱっていけばいい」と言って阻止したそうです。非 常に理解のある父でした。その時に父から、「今の若い人は、心のことばかりで体のことを忘れている。心と体は一体だから、表裏一体に考える必要があるのではないか」と言われたことが、後の人生を送る上で大きなヒントになりました。また、左翼の思想は禅の発想とよく合うので、禅を理解する上でも役立ったと思います。

一人ひとりの人間は網の目のようなもの

──印象に残っている先生や講義はありますか。

 我々の頃は、教壇の上で講義をするような先生はいませんでしたね。学生たちの間を歩き回ったり、空いている席に腰掛けたりして、フランクな雰囲気で先生と学生の距離が近かったと思います。学生だけでなく、先生たちも野暮ったかったですね。

 尊敬していた先生の一人が坪内逍遙先生です。シェイクスピアの講義をよく受けました。台詞のところは「しな」を作って読みあげるような非常に独特な先生でしたね。坪内先生と言えば、英国のコンノート殿下が来日された際に、御前講義の依頼があったのですが、病気を理由に断って、実は大隈講堂のこけら落としで舞台挨拶をしていたのです。そうした権威に屈しないところが、私たちにとっては痛快で、早稲田らしさを感じました。

 會津八一先生にもお世話になりました。今なら問題になるのでしょうが、学生に向かって「てめえら、おめえら」と呼びかけるような早稲田らしい先生でした。非常に親切で、卒論の時には いろいろと本を貸してくださいました。會津先生に限ったことではありませんが、当時は、地方で演習をする時には先生が旅費を出してくださり、学生と苦楽を共にしていました。

 詩人の西条八十先生や歌人の窪田空穂先生の講義も忘れられません。窪田先生の源氏物語の講義は素晴らしいものでした。ときどき学生がけしかけて、話が脱線し、近作の短歌を披露してくださることもありました。最終講義では餞として、こんな歌を黒板にきれいな字で書いてくださいました。

「ほどもなく 移り行くべき 家と見ず 障子の破れを 繕いにけり」

 その時は、引っ越しの時に掃除して障子を張り替えるエチケットの歌として受け取りましたが、後になってこの歌に込められた深い意味が分かるようになりました。家を移り住むように、生から死へとまもなく人生が終わるが、間違いは訂正していくのだという意味です。明治生まれの先生たちは人生に役立つ教えをたくさんしてくださいました。

 厳しい先生もいらっしゃいました。西洋哲学史の桑木厳翼先生は、在学中一度も笑顔を見たことがないような先生。20分くらい遅刻してくる先生が多い中、桑木先生は時間励行で、月曜8時からの授業では、学生より早くいらっしゃって定刻になると教室の鍵を閉めて、遅刻者を入れないようにしてしまうくらいでした。ある月曜の朝、早慶戦の決勝戦に合わせてチケットを取るために神宮球場に行かなければならず、学生が一人も出席しなかったことがありました。次の月曜に講義に出るとセクションが一つ進んでいるので、「誰も出席しなかったのに授業を進めたのですか」とお聞きすると「机と椅子に講義をした。おとなしく聞いていたぞ」とニコリともせずにおっしゃるのです。冗談なのかそうでないのか計りかねました。

 年を取ると、先生方のおっしゃっていたことを一つひとつ思い出します。学問の真実とは、そういうものではないでしょうか。

──今の世の中で、日本人に求められていることは何だとお考えですか。

 私が感じているのは、今の人は老いも若きも、傲慢であるということです。今、パスカルの『パンセ』を読み返すと、反省すべき点がたくさん書いてあります。『パンセ』には、「自然の中で一番弱いのは人間である」「人間だけが死を知っている」「風にそよぐ葦だが、考える能力はある」とあります。宇宙や自然は、人間よりも優れているという謙虚な気持ち、あらゆる物から学んで思索することが大切です。

 戦後、日本人は占領軍の方針で自我を主張することを教育されました。しかし一人ひとりが自我を主張したら、ぶつかってもめ事が起きてしまいます。そこで、このように考えてみてはいかがでしょうか。組織の中で、一人ひとりの人間は網の目のようなものですから、目を一つひとつ取り出すことはできません。他を生かしながら自分も生きる、あるいは、自分を生かしながら他を生かしていくというのが、個と全の関わり合いです。人間は網の目の一つに過ぎず、そこに自我というものはありえません。自分さえよければ他はどうでもいいというのではなく、助け合い慰め合うことが大切です。

──読者の皆さんにメッセージをお願いします。

 感動、希望、工夫という「プラスの3K」という生き方をお勧め致します。

 まず、感動についてですが、何でも当たり前だと思えば進歩はありません。100歳になりますと、朝起きると今日も生きていたというだけで感動を覚えます。そして、今日はあれを書こう、あれを読もうと思うのです。友人から聞いた話ですが、ある刑事さんが署長さんから「今朝、感謝したことや感動したことはあったか」と聞かれて、「ありません」と正直に答えたら、「刑事のような大事な仕事をしている人間が、感動がないというのはどういうことか」と大目玉をもらったそうです。そこで友人は、直感的に松尾芭蕉の「よく見れば 夏の花咲く 垣根かな」を思い出したそうです。私に言わせれば、心の受信装置を精密にすればするほど、何でもないことに感動することができると思います。いつも何かを学ぼうという気持ちを持っていれば、老いてぼけるのを遅らせることもできるでしょう。心の受信装置を鍛えるために必要なことは読書です。私はあらゆる犯罪の根源にあるのは、思索する能力が欠けていることだと思っています。今の人たちは、読むことと書くことによって、思索する能力をもっと強化すべきではないでしょうか。

 次に希望ですが、自分だけでなく、他人にも希望を与えていきましょう。人の役に立つことは、自分の生き甲斐になります。逆境に直面したり、難病になったり、マイナスの状況に置かれたときも人の役に立つことを考えてみましょう。痛みが分かっている分、心から人を慰めることができるからです。相手も自分も救われます。

 希望を実現するために必要なことが、工夫です。マイナスの状況をどうやってプラスにしていくかを考えてみてください。マイナスをプラスにすることに、生き甲斐を見いだせると思います。病気や人生の失敗をした人の励ましや再起は、同じ境遇にある人を元気づけることができます。七転び八起きと言いますが、挫折しても何か掴んで再起のヒントを掴めば、強い人になれます。一度転ばなければ分からないこともありますからね。「プラスの3K」で人生をより豊かにしていきましょう。

松原 泰道(まつばら・たいどう)

1907(明治40)年東京生まれ。1931(昭和6)年早稲田大学文学部卒。岐阜・瑞龍寺専門道場で修行。1951(昭和26)年臨済宗妙心寺派宗教学部長。1977(昭和52)年まで東京・三田の龍源寺住職。65歳の著書「般若心経入門」が大ベストセラーになり、これまでに130冊以上の著書がある。100歳を過ぎた現在も創作に取り組む。近著に「人生を豊かに生きる12章 『おまかせする心』で楽になる」(祥伝社)など。