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キャンパスナウ

▼2015 新緑号

研究最前線 frontline of the study

社会に貢献する最新の研究を取り上げて紹介します。

岡 浩一朗
スポーツ科学学術院教授
略歴はこちらから

「座りすぎ」は健康寿命を縮める!?
大規模調査で人々が元気で長生きできる社会を目指して

岡 浩一朗/スポーツ科学学術院教授

活動量が低下している
現代社会の生活習慣と健康リスク

スタンディングデスクを導入している岡研究室にて。立位でパソコン作業を行う大学院生たち。

 現代社会にはさまざまな健康リスクが蔓延(はびこ)っています。食事や運動などの生活習慣が健康に影響することはほとんどの人が理解していると思います。しかし「座りすぎ」が健康リスクを高めることを知っている人は少ないでしょう。

 ここ数十年で人々のライフスタイルやワークスタイルが大きく変化しました。1960年代は体を動かす仕事が全体の半分を占めていましたが、現在は2割もありません。代わりに増加したのがデスクワークです。朝出勤してから退勤するまでほぼずっと座りっぱなしでパソコンと向き合うという人も中にはいるでしょう。デスクワークではなくても、家の中では座った状態でテレビを観る、交通が不便な地域では移動のために車を運転するなど、一日の大半を座って過ごす人は多いと思います。

 厚生労働省は、人々が元気で長生きするための活動の目安として、歩行またはそれと同等以上の身体活動を一日に60分程度確保することが望ましいとしています。中高年者のメタボリックシンドロームやがん、高齢者に多い認知症なども、体を積極的に動かすことで予防することが可能です。しかし運動が心身の健康に良いとわかっていても、実際に望ましいレベルで運動している人は3割に満たないのが現実です。人は本当に自分が納得し、かつ楽しくなければ行動に移しません。しかも社会の科学技術は、人間が自分の体を動かさなくても良い方向へと進んでいるのです。階段とエレベーターが並んでいる場合、健康な人でも大半の人は自然とエレベーターを使っているんじゃないでしょうか。日本人の成人の一日の覚醒時間における活動量を見ると(図1)、低強度身体活動と座位行動が95%を占めており、これまで推奨されてきた中高強度以上の身体活動はたったの5%。このままでいけば、現在の不活動の状態は気づかないうちに進行し、将来パンデミックのように世界中で大問題になると言われています。

世界で最も「座りすぎ」な日本人を立ち上がらせるために

 世界20カ国の成人を対象とした座位時間の国際比較研究の中で、日本人の平日一日の総座位時間は最長という結果があります。つまり、多くの日本人が座りすぎているということです。座ることが悪いわけではありません。私が伝えたいのは、連続して座る(座位)時間が長いことによる不活動が、健康リスクを高める恐れがあるということです。実際に、オーストラリアの研究で総座位時間と総死亡リスクの関連を調査した研究によると、一日の中で総座位時間が4時間未満の成人に比べて、総座位時間が11時間以上と長い成人は総死亡リスクが1.4倍に高まることがわかっています(図2)。しかもWHOで推奨されている運動量を実施していたとしても、総座位時間が長ければ総死亡リスクは高まるわけです。それ以外にも座りすぎが肥満や糖尿病、がん、冠動脈疾患の原因になっているほか、認知機能や抑うつなどに影響することが報告されています。こうした統計データにより、最近は座りすぎによる健康リスクに関する研究に注目が集まるようになり、どうやって座位時間を減らすかということが世界中で議論されるようになってきました。

 これからの日本に最も重要なのは、いかに健康に配慮した環境を整備するかということです。そこで私は現在、仕事時のデスクワークにおける長時間の連続した座位行動を減らすための研究を進めています。目安としては少なくとも30分〜1時間に一度はイスから立ち上がって体を動かすと良いと考えています。しかし立った状態でデスクワークをすることは容易ではありません。そこで座位と立位での作業を簡単に切り替えられるスタンディングデスクやワークステーションを研究室に導入し、立位でパソコンの作業をできる環境を整えています。企業への導入を進めるためには、心身の健康を維持するためというだけでは難しいでしょう。今後は、仕事中の座位時間と生産性、あるいは欠勤率などとの関連性を調査し、医療経済的評価についても進めたいと考えています。

壮大な追跡調査プロジェクト
「WASEDA’S Health Study」で元気で長生きできる社会に貢献

 現在、日本には座りすぎが健康に悪影響するという理論を裏づける調査は十分に行われていません。そこで早稲田大学スポーツ科学学術院では2014年度より、「WASEDA’S Health Study」という壮大な追跡調査プロジェクトをスタートしました。校友の方々の元気で長生きの秘訣を長期間(20年)にわたり追跡することで、いまのライフスタイルが将来の健康リスクにどう関連するかということを明らかにするというもので、40歳以上の校友およびその配偶者を対象に同じ内容の調査・測定を5年ごとに実施します。

 こうした追跡調査はかなり前から先駆的にハーバード大学が男性の卒業生を対象に行っているものがあり、そのデータをもとにこれまで多くの研究成果が生まれました。「WASEDA’S Health Study」はそれに匹敵し、社会へのメッセージ性が高いものと考えています。

 集積された貴重なデータは研究論文の裏づけとしてだけでなく、健康診断や体力測定の結果をフィードバックすることで校友の健康に貢献すると同時に、国の考える健康づくりの指針や制度にも反映されるよう積極的に提言していくことで、社会の健康格差の是正に貢献したいと考えています。

岡 浩一朗(おか・こういちろう)/スポーツ科学学術院教授

1999年早稲田大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。早稲田大学人間科学部助手、東京都老人総合研究所(現東京都健康長寿医療センター研究所)日本学術振興会特別研究員(PD)、同研究所介護予防緊急対策室主任を経て、2006年早稲田大学スポーツ科学学術院准教授。2012年より現職。

岡浩一朗研究室
http://www.f.waseda.jp/koka/