早稲田大学の教育・研究・文化を発信 WASEDA ONLINE

RSS

読売新聞オンライン

ホーム > キャンパスナウ > 2014 錦秋号 研究最前線

キャンパスナウ

▼2014 錦秋号

研究最前線 frontline of the study

社会に貢献する最新の研究を取り上げて紹介します。

鈴木 孝則
商学学術院会計研究科教授
略歴はこちらから

学問と実務の融合を図り
社会の健全な循環を目指す

鈴木 孝則/商学学術院会計研究科教授

会計分野におけるグローバル化とIT化

 ここ十数年で急速に発展したグローバル化、IT化は会計の世界にも及んでいます。すでに2000年以前より監査法人のグローバル化は進展していましたが、さらに2008年の内部統制報告制度(J-SOX)の施行を機に、公認会計士は経営上の財務情報以外の非財務情報も含めた組織全体を監査しなければならなくなりました。同時に、災害時における組織の継続および復旧の観点が強まったことで、これまで扱っていた組織運営上の重要な情報を紙から電子データへと移行する動きが進展し、紙の時代にはあり得ないほどの膨大なデータが効率的に一元管理されるようになりました。こうした背景から、適切に監査するためには監査の方法そのものを変える必要が出てきました。

 現在用いられている監査の方法として第一に、業務の流れやデータを適切に処理する仕組みの有効性を判断する内部統制監査があります。IT技術によって構築されている組織の内部統制の整備・運用状況について徹底的に調査するために、会計士にはコンピュータをはじめとするIT技術についての理解が求められます。第二に、リスク・アプローチに基づく財務諸表監査があります。その際に膨大な情報の中から人間が関わらざるを得ない監査の領域を絞り込むために用いられる技術がコンピュータ利用監査技法のCAAT(Computer Assisted AuditTechniques)です。

 私は、組織の会計業務や監査業務におけるCAATなどの情報システムの役割を見定め、かつ、どうすれば情報システムを無駄なく効率的に活用できるかという方法を研究しています。

会計ディスクロージャーの拡張性について経済モデルを用いて分析した数式とグラフ。解が大きい場合は情報開示によるインセンティブが高いことを示し、法で強制しなくても進んで情報を開示する。抽象的な議論を展開することができ、制度決定の際の判断材料となる

実践で使える情報システムの知識を体系的に提供

 私の学部時代の所属は工学部で、最初の就職先である民間企業では情報システムの開発・保守・運用を担当していました。しかしエンジニアとして多くの経験を積む中で、組織の業務を支援するシステムなど幅広い分野を担当するためには会計士レベルの知識が必要であることを実感し、公認会計士の資格取得を目指した勉強を始めました。その後、監査法人で法定監査業務を担当した後、2005年の早稲田大学大学院会計研究科の設立がきっかけで研究者の道を歩み始めました。当時私が感じていたのは、この先、会計士にはITスキルや統計学などの数理的な考え方が求められるだろうということです。事実、この十数年間で監査における情報システムの占める割合が大きくなってきています。

 そこで2006年に、経済学の佐々木宏夫先生(商学学術院教授会計研究科長)と応用確率論の豊泉洋先生(商学学術院会計研究科教授)と共に会計研究科の授業に情報システムを導入したいと文部科学省の法科大学院等専門職大学院形成支援プログラムに応募しました。無事採択されたことで、デファクト・スタンダード(事実上の標準)と言えるドイツのSAP社が開発したERPシステム(組織全体を一元管理するシステム)を授業で使用できる環境を整えました。会計監査業務における情報システムへの本格的取り組みがまだ黎明期であった時代です。躊躇わずにシステムの導入を進めることができたのは、実務レベルでのシステム開発・運用の経験があったからだと思います。

 今や、会計専門家が会計に対する深い知識とスキルを身につけているのは当たり前です。それだけでは社会固有の貢献も、会計研究科の卒業生としての固有の貢献もできません。早稲田大学大学院会計研究科では「会計プラス1」を標語に、会計以外の得意分野を持ち、そのシナジー効果を社会に提供することで、より価値のある社会貢献ができる人材の育成を目指しています。ITスキルもその一つです。そのため、私はシステムの全体像と具体的な操作方法の両方を深められるような授業構成を意識して行っています。ITの基礎を体系的に身につけることが、柔軟性と俊敏性を備えた監査のできるプロフェッショナルの育成につながると期待しています。

常に新しい情報・知識のアップデートに取り組んでいる

体系的な学びを提供するため、ERPシステム実務に関する授業について実務家教員の矢口龍一専任講師と相談を重ねる

研究と実務の融合を図る嚆矢(こうし)を放つ

 たとえば、これからの会計士にはITスキルや数理的な考えが重要になっているにも関わらず、これらが公認会計士試験の試験科目には必ずしも十分に反映されていないという“経済と法のギャップ”が生じています。私たち研究者には、このようなギャップを埋めるという使命もあると感じています。そのためには実務における本質的問題をテーマとした研究を行い、その研究成果に基づいた実務訓練を行うことで学術と実務の良い循環を生み出すことが必要です。例えば、矢口龍一先生(商学学術院会計研究科専任講師)のような志の高い実務家教員を嚆矢(こうし)として送り出すことで、研究者と実務家の間の溝を埋めることができるでしょう。さらに、早稲田大学大学院会計研究科におけるERPシステムを中心とした会計専門家のためのIT教育の内容を、より広く本研究科修了生以外の会計専門家が体系的に学ぶこのとのできる環境を提供していくことも重要と考えています。早稲田を嚆矢として、他の商学系の専門職大学院や社会を巻き込みながら、研究と実務の融合を図っていきたいと思います。

 今後の展望として、佐々木宏夫先生を初めとする経済学の先生方とコラボレーションさせていただきながら、会計学の世界に経済モデルを活用する研究を進めたいと考えています。現行の会計制度や監査制度を、抽象度の高い経済モデルで表現し分析することで、実務において広範囲に応用のきく知見を見出すことが可能となるのではないかと期待しています。これは私の恩師である会計学者の佐藤紘光名誉教授から受け継いだ灯火(ともしび)です。この灯火を絶やすことなく、次の世代へとつないでいきたいと思います。

 また、キャッチアップという意味では、自分自身もさまざまな知識・技術をアップデートしていきたいと思います。

鈴木 孝則(すずき・たかのり)/商学学術院会計研究科教授

1982年東京工業大学工学部卒業、1984年同大学院理工学研究科修士課程修了。1998年早稲田大学大学院社会科学研究科修士課程修了、2004年同博士後期課程満期退学。2006年博士(学術)早稲田大学。1984年アクセンチュア株式会社入社、1996年東陽監査法人を経て、2005年早稲田大学大学院会計研究科助教授。2011年より現職。公認会計士、公認システム監査人、ITコーディネータ。専門分野はビジネスコンサルティング実務、システム監査、ERPシステム実務など。主な著書に『会計情報のモデル分析』(2013年国元書房・編著)、『会計ディスクロージャーと企業行動』(2011年中央経済社・共訳)など。