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キャンパスナウ

▼2014 新緑号

研究最前線 frontline of the study

社会に貢献する最新の研究を取り上げて紹介します

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人間が「快適」に過ごすために
快適と省エネルギーのバランスを考える建築環境学

田辺 新一/理工学術院教授

「快適」な環境とは何か
人間と周囲環境との関係への興味

 日本では年間17,000名ほどが、浴室および脱衣室で亡くなっているのをご存じでしょうか。急激な温度変化や寒さが主な原因といわれています。これは交通事故で亡くなる人のおよそ3倍に当たります。家全体を暖かくすれば冬季に亡くなる方を少なくできるにも関わらず、日本では断熱性向上などの充分な対策が取られていません。一方、私が大学院博士課程の時に留学していたデンマークでは古い住宅でもきちんと断熱や気密性が非常に高くなっています。そのため、外気温がマイナスになっても室内は暖かく快適に過ごすことができます。少なくとも日本の住宅の暖房環境は、“人間の過ごす環境”という面では先進国ではないということです。もちろん、日本は北欧のように気候が厳しくはありません。しかし、日本人は寒さを我慢しすぎるのです。また、本当の暖かさを体験していないことも多く、我慢していることに気がつかないことさえあります。どれだけ技術が進歩し、環境に貢献したとしても、その空間で過ごす人間が健康で快適に過ごすことができなければ意味はないのです。最近では腰痛原因の約8割が生活上のストレスだという新しい考えが発表されていますが、生活科学や建築といった実生活に近い分野はまだ論理的に解明されていないことが多いのです。私たちの研究グループでは住居、オフィス、車など“人の過ごす環境”に関するテーマに関して研究を続けてきました。

 例えば、オフィスにおける夏季の無理な室温緩和があります。2006年にクールビズが行われている都心のオフィスビルの温熱環境を詳細に実測調査しました。クールビズは大変良いのですが、だからといって何度でも耐えられるわけではありません。オフィスワーカーにアンケート調査をすると、室温28度を超えた状態では実に7割が「不快」と感じていることがわかりました。また、2004年にコールセンターで1年をかけて行った調査では室温が25度から28度になると作業効率が6%低下するという分析結果が得られました。この低下を補うには残業を30分しなければなりません。「我慢」ありきの省エネ対策ではなく、知的生産性を損なわない本当の省エネ対策が必要なのです。3.11東日本大震災後も測定を継続していますが、節電対策には冷房温度の緩和よりも照明やパソコンなどの室内発熱対策の方が効率的ということがわかっています。こうした住宅や建築環境の本質的な部分を真面目に科学しています。

「エネマネハウス2014」で提案した早大チームの「Nobi-Nobi HOUSE ~重ね着するすまい」。太陽熱や光、風などの自然エネルギーをうまく取り入れ、気持ちの良い空間を実現した。太陽光発電、太陽熱システムでエネルギーを創ることで、年間の消費エネルギー量をゼロにしている。

次世代型省エネハウス「Nobi -Nobi HOUSE ~重ね着するすまい」

冬のNobi-Nobiゾーン。
風を遮りながらも、日射を通すポリカーボネートやガラスを使用。居住ゾーンと外気の間に緩やかな干渉空間が生まれる

 早稲田建築では創設以来の伝統で理論だけでなく実践を重視しています。今年1月末に東京ビッグサイトで「エネマネハウス2014」が行われました。10を超える大学から書類提案があり最終的に早稲田を含めた5大学が実際に2030年の住宅を建設しました。早大チームは住む人がのびのび暮らせる次世代型ゼロ・エネルギー・ハウス「Nobi-Nobi HOUSE ~重ね着するすまい」を提案。中心の設備コア、居住ゾーン、Nobi-Nobiゾーンの三重構造により快適に省エネライフを過ごすことができるというコンセプトとしました。外断熱などの建築外皮対策を行った上で、日射や換気といった自然エネルギーによる省エネと、太陽光発電や太陽熱利用による創エネ技術の両方を活用することで年間エネルギー消費量プラス住宅を実現しました。電気系、機械系の研究室とも共同しています。多くの作業を大学院生が自ら行い通常では得られない経験ができたと思います。

 このイベントは冬の短期間だけのものでしたので、今後は建物を別の場所に移し年間を通した実証実験を行う予定です。

※:経済産業省資源エネルギー庁の事業の一環として、大学と企業の連携により「2030年の家」をテーマに“エネルギー”“ライフ”“アジア”の3つのコンセプトの下、先進的な技術や新たな住まい方を提案するモデルハウス5棟を建築・展示。

順天堂病院との共同研究
感染リスクを低減する病院を実現

咳マシーンでの実験

 早稲田大学では2009年より順天堂大学と共同研究を行っています。我々のチームの課題は感染制御に関するものです。建築的な観点から感染を防ぐにはどのようにすれば良いかを研究しています。咳マシーンまで作ったんですよ。このマシーンは咳を実際に発生させる装置です。飛沫や飛沫核を測定して対策の効果を評価します。例えば、順天堂大学の新棟で用いられている、飛沫感染を100分の1まで抑える手洗い用の洗面の開発に結びつきました。また、人工透析室における患者と医療スタッフの熱的快適性を調べるため2年にわたり室内環境と透析患者の症状の関係性を計測しました。透析患者は少しの空調からの風でも刺すような痛みを感じることがあることがわかりました。その成果が活用されて新棟では空調からの気流がほとんどない天井放射冷暖房パネルが採用されています。さらに昨年からは、順天堂大学の先生方とコラボして病院内の清掃について徹底的に調べているところです。

原点に立ち返り
人が「快適」と感じる建築環境を考えていきたい

 最後に、震災以降、エネルギーが大きな課題となっています。解決策のひとつが「エネルギーを使わない建築や住宅(ZEB・ZEH)」です。住宅建築の分野ではすでに実現可能な技術です。しかし、ハード面を整えたからといって、良い社会、良い世界にはならないのです。普段の生活で何が変わっているのか、一度立ち止まって「住む」「暮らす」という建築の原点に立ち返り、日々の暮らしの中の科学という観点から、新しい課題に取り組んでいきたいと思います。

田辺 新一(たなべ・しんいち)/理工学術院教授

1980年早稲田大学理工学部建築学科卒業、1987年同大学大学院博士課程単位取得満期退学。1984~86年デンマーク工科大学留学、1992~93年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。お茶の水女子大学専任講師、助教授を経て、1999年早稲田大学助教授、2001年教授。1996年空気調和・衛生工学会賞、2002年日本建築学会賞などを受賞。経産省省エネ小委員会委員、東京都環境審議会委員など。主な著書に『室内化学汚染・シックハウスの常識と対策』(講談社)他。

田辺新一研究室 http://www.tanabe.arch.waseda.ac.jp/
Nobi-Nobi HOUSE ~重ね着するすまい http://waseda-nobinobi.jp/