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スマートグリッドが切り開く未来

林 泰弘/早稲田大学理工学術院教授

 東日本大震災による福島第一原子力発電所の事故により、原子力を柱とした従来のエネルギー政策を大きく見直す必要が生じています。また、日本の電力システムは信頼度が高いと言われてきましたが、膨大な量の供給力が失われたとは言え、3月には東京電力管内で前例のない大規模な計画停電が行われました。こうした未曾有の事態に際し、日本のエネルギー政策、電力システムは今後どうあるべきでしょうか。

CO排出量と経済活動とエネルギー消費量の関係

 CO排出量と経済活動とエネルギー消費量との関係をわかりやすく説明している式として、以下の式(茅方程式)があります。

 (CO排出量)=(①国内総生産(GDP))×(②GDPあたりのエネルギー消費量)×(③エネルギー消費量あたりのCO排出量)

 この式は、COを減らすため、つまり化石燃料消費を減らすために社会が何をすれば良いかについて、指針を与えてくれます。上式でCO排出量・化石燃料消費を減らすには、①~③の3要素を減らす必要がありますが、①の削減は経済活動を縮小することになってしまうので、②と③をバランス良く減らすことが不可欠となります。

 ②を減らすことは、省エネを推進することです。当面の電力不足への対応としては、電気の使用量を減らす「節電」が重要ですが、中長期的には生活、生産のあらゆる場面で、電気、ガス、石油などのエネルギー全般の消費を、効率的に減らす必要があります。

 ③を減らすことは、原子力や再生可能エネルギーなど発電時にCOを排出しない電気や、高効率でCOの排出が少ない火力発電の電気を使うことです。また運輸や熱利用における、バイオガソリン、バイオガス、天然ガスの利用などもこれにあたります。

 今回の事故により、原子力への安全、信頼が大きく揺らいでいることを鑑みれば、依存度の低下は避けられないでしょう。そうした中でもCO・化石燃料消費を減らしていくためには、「省エネの推進」、「再生可能エネルギーの普及拡大」、「火力発電の高効率化・低炭素化」、「天然ガスシフトの推進」などを、これまで以上に進めていくことが重要です。これらの推進を支えるためのインフラとしてスマートグリッド(電力システムと通信ネットワークの融合)があります。

省エネの推進

 次世代のメーターはスマートメーターと呼ばれ、30分間隔など定期的な検針機能、双方向通信機能、遠隔開閉機能などを有しています。これが普及すると、需要家が自らの電気、ガス、水道などの使用状況を把握できるようになり、エネルギー全般の省エネとなるライフスタイルへの転換がはかられると共に、エネルギー消費の少ない機器への買い替えが進むことが期待されます。さらにエネルギーマネジメントシステム(EMS)が普及すれば、太陽光、ヒートポンプ式給湯機(HP)、電気自動車(EV)、蓄電池などの機器を最適制御することにより、生活の質の向上と省エネの両方がはかれる可能性があります。

 この2つが普及することにより、需要家の負担や不満が大きかった計画停電も、計画停電の予定を事前に通知したり、メーターの開閉器で計画停電を実施したり、計画停電時も必要最低限の電気を使えるようにしたり、EMSがその範囲内で機器を最適制御したりすることによって、改善できるかもしれません。

再生可能エネルギーの普及拡大

 太陽光や風力は出力変動が大きいため、普及すると電力システムが不安定になり、それ以上導入することが難しくなります。この安定化を、安価に、効率的に行い、さらなる普及拡大につなげることがスマートグリッドには求められています。

 太陽光や風力は個々の出力変動は大きいものの、大きな集団で捉えることにより「ならし効果」が現れるため、電力システム全体で安定化することが経済合理的です。したがって、まずは既存の火力、揚水を含む水力、電力ネットワークの調整力を最大限利用した上で、発電から需要に至る様々な対策、具体的には、「再生可能エネルギーの制御」、「発電所の運用性向上」、「電力ネットワークの高度化」、「電力システムの状況に合わせて数時間毎に変動する電気料金に反応して需要家が電気の使用を変えるデマンドレスポンス(DR)の活用」、「蓄電池の設置・利用」などの対策の中から、費用対効果の高いものを組み合わせて実施していくことが重要です。

 なおDRは、HP、EV、蓄電池などの蓄エネルギー機器やEMSの普及により、受容性や効果が大きくなるため、省エネにも資するこれらの機器の普及をはかりながら、活用することが有効です。

 また蓄電池の利用は、需要家サイドに様々な用途で普及する膨大な数の蓄電池について、需要家が使っていない時間に一部を借用利用できれば、再生可能エネルギーの普及拡大と、需要家サイドへの蓄電池普及の双方にメリットをもたらす可能性があります。したがって、蓄電池の性能向上と共に、電力システムにおける利用技術の開発を進める必要があります。

 これらスマートグリッド技術の開発や実証は、現在、産官学が一体となって進めています。これらの成果によって、地球温暖化問題やエネルギー問題が解決に向かうと共に、日本の地位向上、日本企業の躍進がはかられることが期待されます。

林 泰弘(はやし・やすひろ)/早稲田大学先進理工学部教授

【略歴】
1989年 早稲田大学理工学部電気工学科卒業
1991年 早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了
1994年 早稲田大学大学院理工学研究科博士課程修了・博士(工学)
1994年 4月より、茨城大学工学部システム工学科助手
1997年 4月より、茨城大学工学部システム工学科講師
2000年 4月より、福井大学工学部電気・電子工学科助教授
2009年 4月より、早稲田大学先進理工学部教授
2009年 12月より、先進グリッド技術研究所長を兼任

【著書】
「電力系統の最適潮流計算」(日本電気協会)リンク(共著)
「スマートグリッドの構成技術と標準化」(日本規格協会)リンク(共著)
「スマートグリッド学」(日本電気協会新聞部)リンク(編著)

【学会活動等】
電気学会、IEEE(米国電気電子学会)、電気設備学会など
電気学会 電力・エネルギー部門論文委員会 主査、編集委員会幹事など
電力系統利用協議会 中長期業務関連勉強会 委員
エネルギー総合工学研究所  電力ネットワーク技術総合調査委員会 委員
経済産業省資源エネルギー庁 コストベネフィット分析検討会委員
経済産業省資源エネルギー庁 海外における連系線利用に関する調査委員
経済産業省資源エネルギー庁 分散型電源と系統安定に関わる技術検討会
KIEE(韓国電気学会) 電力工学部門編修委員
2002年、2006年福井大学工学部電気・電子工学科最優秀教員
2008年 電気学会 電気学術振興賞(論文賞)受賞
経済産業省 スマートメーター制度検討会座長(2010)
経済産業省 次世代送配電システム制度検討会委員(2010)
経済産業省 次世代送配電システム制度検討会WG1委員
経済産業省 次世代送配電システム制度検討会WG2委員
経済産業省 総合資源エネルギー調査会 電気事業分科会「制度環境小委員会」委員