徳島大学
大学院医歯薬学研究部長
苛原 稔
いらはら・みのる/1983年徳島大学大学院博士課程修了。医学博士。日本産科婦人科学会認定産婦人科専門医、日本生殖医学会認定生殖医療専門医、日本内分泌学会認定内分泌代謝科専門医。
保険適用の治療範囲を検討中
不妊とは妊娠を望むカップルが1年間妊娠をしない状態をいいます。およそ10組に1組の割合で存在しており、不妊治療を行うケースも多いのですが、この不妊治療が2022年4月から保険適用になる予定です。現状では公的助成金が支給されていますが、保険となれば対象者が広がることが予測され、身体的な原因で赤ちゃんに恵まれない方々には朗報です。
不妊治療には段階によって様々な方法があります。まず排卵期に合わせて夫婦生活を行うタイミング療法があり、それでも妊娠しない場合は精子を人工的に体内に送り込む人工授精を行います。次の段階として、 ART(高度生殖補助医療)の体外受精や顕微授精があります。体外受精は女性の体内から取り出した卵子に複数の精子を振りかけて受精させる方法で、顕微授精は卵子1個に精子1個を直接注入します。顕微鏡で拡大して観察しながら行うのでこの名称で呼ばれています。
また、不妊の原因は女性側だけでなく、約20~40%は男性側にもあることがわかってきました。たとえば精子の数が極端に少ない乏精子症や、精子の運動率が低い精子無力症などがありますが、これらも人工授精の対象となります。
なお、不妊治療の保険適用範囲については、現在、厚生労働省や日本生殖医学会で検討が進められており、2021年内に発表される予定です。助成金制度は保険適用が開始される直前の2022年3月に廃止されますが、それまでは利用できますので、少しでも早く不妊治療を始めたいという方にはおすすめです。
着床前診断の対象が拡大
「着床前診断」に関する検討も進められています。着床前診断は体外受精させた受精卵の染色体や遺伝子を調べて異常の有無を確認するもので、日本産科婦人科学会では流産の可能性と、遺伝病の有無を調べるという規定のもとで実施してきました。実際に、体外受精で受精卵を得ても、それが子宮に着床せず、流産を繰り返してしまう患者さんも少なくないので非常に有効と言えます。良好な受精卵を着床させることで流産を防ぎ、安全な妊娠・分娩につなげることができるのです。
また、遺伝病の発見については、これまでは成人するまでに死亡する可能性の高い病気だけを対象にしていましたが、失明や生涯にわたる治療が予測される病気も含め、対象を拡大しました。ただし、遺伝病の治療法も年々進んでいますので、日本産科婦人科学会では他の学会の意見を尊重しながら、今後も協議を続けていく方針です。
受精卵を子宮に戻す前に凍結させる「凍結胚移植」は日本特有の技術です。いったん受精卵(胚)を凍結させることで子宮内膜の環境を整えてから着床させると妊娠の可能性が高まるというメリットがありますが、これはがん患者にも非常に役に立つ方法と言えます。
放射線治療や抗がん剤など、がんの治療法も多様ですが、身体へのダメージが大きいため、治療中に妊娠はできません。そこで受精卵や、その前段階の卵子を凍結させておくのです。ただし、凍結させたからといって必ず妊娠できるとは限らないことも認識しておくべきでしょう。
不妊治療を踏まえた民法の特例法が施行
このように不妊治療が一般化する中で法整備も進められ、2021年3月に「生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する法律」が施行されました。この法律のポイントは、本人以外の第三者が提供した卵子を使った不妊治療をして出産した場合、産んだ女性を母とすることと、妻が夫の同意を得て夫以外の男性の精子を用いた不妊治療を行って出産した子については、夫は自分の子(嫡出子)であることを否定できないと明記したことです。
第三者からの卵子のあっせん斡旋規定など、今後の検討課題も残されていますが、不妊治療に関する法律ができたことに大きな意義があると言えます。来年度から開始される予定の保険適用と併せて、不妊治療がますます拡大するのは間違いないでしょう。厚生労働省でも各都道府県に専門の相談センターを設置していますので、まずは気軽にお問い合わせください。
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