- 薬剤耐性(AMR)は、対策をとらなければ2050年には世界で1000万人もの死亡が想定(※1)され、ひそかに感染が拡大していることからサイレントパンデミックとも呼ばれます。しかしながら、21年の意識調査によると、薬剤耐性の認知度は国民の約2割にとどまり(※2)、あまり広く知られていないのが現状です。11月はAMR対策推進月間。そこで国際感染症センターの大曲貴夫先生とフリーアナウンサーの大橋未歩さんが薬剤耐性について話し合いました。これを機に、薬剤耐性を知って、身近な問題として考えていきましょう。
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※1.
Antimicrobial Resistance: Tackling a crisis for health and wealth of nations, the O’Neill Commission, UK, December 2014
※2.
2021年製薬協調査
- 大橋
- 最近、薬剤耐性という言葉はよく聞くのですが、詳しく説明できるかというと、よくわかっていないことが多いと思います。まずは、薬剤耐性とは何かについて、教えていただけますか?
- 大曲
- 感染症を治す抗菌薬(抗生物質)が効かなくなることです。感染症といっても、新型コロナ感染症やインフルエンザ、風邪などはウイルスが原因ですが、ここで問題になるのは細菌による感染症です。感染症がおきた場所が肺なら肺炎、膀胱なら膀胱炎、原因となる菌にも、肺炎球菌、大腸菌などたくさんの種類があります。子どもがかかりやすい中耳炎や、傷ができたときに膿(う)んでしまうのも細菌感染が原因で起こります。こうした場合に抗菌薬が効かなくなり、細菌による感染症が治らなくなってしまうのが、薬剤耐性です。
- 大橋
- そもそも、薬剤耐性ができてしまうのは、なぜなんですか?
- 大曲
- 抗菌薬をずっと使っていると、細菌の方も遺伝子が変異するなどして適応してしまい、薬が効かない菌が生き残ってしまいます。細菌による感染症に抗菌薬は有効だけれど、使い方を間違えると薬剤耐性が起きてしまうのが、抗菌薬の難しいところです。
- 大橋
- 使い方を間違えるのが主な原因なんですか?
- 大曲
- 本当は使わなくていい場面で抗菌薬が使われていることがあります。代表的なのは風邪です。最近は減ってきてはいるのですが、患者さんが抗菌薬を欲しがったり、医師の方でも風邪をこじらせて中耳炎や肺炎になるのが心配だからと、念のためにと処方する場合があります。でも、実際にこじらせるのは、ごくまれですから、必要になったときに抗菌薬を使えばいいのです。風邪の原因はウイルスですから細菌を殺す抗菌薬を服用しても効果がないばかりか、薬剤耐性の原因にもなります。
- 大橋
- 私たちも「抗菌薬を処方してください」なんて言わないようにしないといけませんね。
(おおまがり・のりお)1997年、佐賀医科大学医学部卒業。2011年、国立国際医療研究センター病院感染症内科科長。12年より現職。13年、Master of Science in Infectious Diseases (University of London)。15年、医学博士号取得。17年、同センター総合感染症科科長(併)。19年、同センター理事長特任補佐(併)。東京都「新型コロナウイルス感染症モニタリング会議」メンバー。
- 大橋
- 抗菌薬が効かなくなって、感染症が治らなくなると最終的にはどうなるのですか?
- 大曲
- 例えば、がんで手術をしなければならないときに、検査で尿から耐性菌が出て、抗菌薬を使っても効かないことがあります。その状況で手術をすると、手術の最中に菌が増殖し、感染症を起こす可能性があって危険なんです。外科医からすると、そんな危ない状況では手術ができない。実際に、いざというときに手術が受けられないということがあるのです。また、ケガの傷に菌が感染して膿んでしまったとき、抗菌薬が効かないために、脚を切断しなければならないケースもありました。
- 大橋
- 必要な手術も受けられなくなってしまうのは大変なことです。薬剤耐性のために命を落とすこともあるんですね。
- 大曲
- 薬剤耐性によって亡くなる人は2019年時点で世界で約127万人に及びます。この数は急激な勢いで増えていて、このまま何も対策をとらなければ50年には世界で1000万人の死亡が推計されています。この数はがんで亡くなる方の数より多いんです。
- 大橋
- そんなに多くの方が薬剤耐性で亡くなっているなんて、まったく知りませんでした。
抗菌薬はとても身近で、処方してもらうと、これで治るんだ、という安心感があるのですが、それが効かなくなるということは、本当に大変なことです。私たちにとって身近な薬剤耐性の問題を、もっと多くの方に知ってほしいし、伝えていかなければと思います。
(おおはし・みほ)上智大学卒業後2002年テレビ東京入社。スポーツ、バラエティー、情報番組を中心に多くのレギュラー番組にて活躍。12年から早稲田大学大学院スポーツ科学研究科修士課程に進学し修了。13年に脳梗塞により休職するが同年9月に復帰。17年テレビ東京退社後、18年よりフリーで活動を開始。20年より厚生労働省循環器病対策推進協議会委員を務める。
- 大橋
- 薬剤耐性ができてしまった患者さんが使える薬はないんですか?
- 大曲
- 薬剤耐性ができたからといって、どんどん追いかけるように新しい抗菌薬ができて治療ができるかというと、実はそうではない状況です。20~30年前は抗菌薬の開発が盛んに行われていましたが、世界的にみても最近はあまり開発が進まなくなってきています。抗菌薬の開発に大変なお金とエネルギーがかかる割に、十分な対価が得られず、その資金が回収できないため、新しい薬が世の中に出てこないことが世界的な課題です。足りないぶんを国がサポートしているケースもあり、G7でも議論が行われています。私たちには耐性菌と戦うための新しい抗菌薬が必要なのです。
- 大橋
- 私たちも薬剤耐性を起こさないために、できることをしていこうと思いますが、国には課題を解決してもらうことを期待したいですね。
- 大曲
- いつ誰が感染を起こすかわからない。そのときに抗菌薬がないというのは、後悔してもしきれないでしょう。抗菌薬は医療のインフラ的存在です。消火器やAEDは、使わないことが望ましいけれど、ないと困る。いざというときのために備えておきますよね。それと似た話だと思います。薬はみんなにとっての公共の財産のようなもの。いざというときに使えるものであってほしい。今まで通りにやっていたのでは、財産が失われていってしまいます。大切な抗菌薬を必要なとき、必要な人に使えるよう、もっと多くの人に薬剤耐性(AMR)について知っていただきたいと思います。