ロールモデルとなる社会人が、
女子学生の背中を押す

三菱みらい育成財団の取り組みとして、今年の夏には、読売新聞社との共催でオンラインセミナー「理系ブロッサム~理系女子高校生の可能性をひらく!!」を開催しました。どういった意図で企画されたのでしょうか?

理系を選考する女子生徒は17%

 ご承知の通り、私たちが直面する様々な社会的課題を解決するためには、イノベーションとそれを支える新たな科学技術開発が必要です。それにもかかわらず、最近の日本では理系を専攻する学生が減っています。※特に女性の比率は全体の17%と極端に低く、この数字は、例えばイギリス・フランス・スウェーデンの約半分の水準です。 国際的な学力調査によれば、日本の女子生徒の理科・数学のレベルは先進国中上位にあるのに、大学に進む段階でこうしたギャップが生じるのはどうしてか。一つは、「女の子なのに数学が出来てスゴイ!」という言葉に隠されたアンコンシャス・バイアスであり、もう一つは、その結果としてロールモデルが少なくキャリアパスが見えないことにありそうです。

 そこで私たちは、東京大学生産技術研究所の大島まり先生を講師に招き、物理・数学・都市工学・生命科学・応用化学といった様々な理系分野を専攻し三菱グループ各社の第一線で活躍する若手女性社員25名をメンター役に、同じく理系専攻の女子大学生・大学院生をモデレーターとして、全国79校からエントリーした124名の女子高校生たちと対話型のセミナーを開催したのです。先輩に素直な質問をぶつけたり、夢を語ったり、心配なことを共有したりと、あっという間の4時間でした。終了後は「商社・金融・不動産といった意外な業種や、研究職以外にも企画や営業やリスク管理といった意外な職種があることが分かった」「実際に企業で活躍する先輩たちの生の声が聴けたのは初めて」「『あまり専攻に思い悩むことはない。何を専攻しても将来の進路や可能性を狭めることはない』という先輩社員の話を聞いて進路についての迷いや不安がなくなった」といった声が寄せられました。

 私も小グループでの議論の様子を見て回ったのですが、最初のうちは声が小さくうつむきがちだった高校生たちが次第に元気になり、やがて輝き始めた変化に目を見張りました。特に、最後のセッションで一人の生徒が、「私にも初めての人達とこんなに話が出来るんだということが分かって嬉しかった」と言うのを聞いた時には、彼女が「理系のススメ」というセミナーの目的を越えた大切な何かを手に入れたのではないかという思いに打たれました。

※OECD(経済協力開発機構)「Education at a Glance 2022」
オンラインセミナー「理系ブロッサム〜理系女子高校生の可能性をひらく!!」のページはこちら オンラインセミナー「理系ブロッサム〜理系女子高校生の可能性をひらく!!」のページはこちら

自ら問い、考え、行動できる人材を
育てるための教育変革

実際に職場で働く先輩との対話という機会は、なかなかありません。とても刺激的だったようですね。これまで官主導だった教育や学習支援を、民間企業が積極的にサポートする取り組みは画期的です。

 三菱みらい育成財団は、三菱グループ創業150周年記念事業として「日本の未来を切り拓く次世代人材の育成」を掲げ2019年10月に設立されました。

 岩崎弥太郎が起業した明治の初めは、近代日本の礎が築かれた激動の時代でした。そして、今また私たちは100年に一度といわれる大変革期を迎えようとしています。これまで、グローバル経済発展の原動力と信じられてきた株主資本主義に疑問符が打たれ、地球温暖化、格差拡大に伴う社会の分断、米中の対立、世界を覆うコロナ禍、そしてロシアによるウクライナ侵略といった私たちの社会の持続可能性を脅かす深刻な問題が生じています。こうした複雑で困難な課題は従来の延長線上にあるような考え方では対処できず、解決には長い時間が必要です。創業150年にあたり、私たちは、こうした難題に果敢に挑む次世代の人材を育成することこそが、「三菱三綱領」(グループの基本理念)で第一に掲げられた「所期奉公」(パーパスは社会への貢献にある)に相応しい事業であると考えました。

三菱三綱領

 次に、私たちは、未来を創造する若者、高校生を中心とした15歳から20歳向けの教育にターゲットを絞ることを決めました。「日本では、いまだに親も子も有名大学に入り大企業に職を得るという画一的な発想から抜け出せていない。その結果、高校は大学入試に必要な知識を与えるだけの予備校的な存在となり、合格した途端に目標を失ってしまう。悩みながらも柔軟にものごとを吸収し人格を形成していく10代後半の世代にそんな教育でよいのか」という率直な疑問からのスタートです。

 そうは言っても、ビジネスとは異なる教育分野で私たちに何が出来るのか。そこで、数多くの有識者の意見や教育現場の声に耳を傾けることから始め、全国の高校、高等専門学校、大学、教育NPOなどにおける既成の教育のあり方を問い直す取り組みを支援することで、「一人ひとりの個性と可能性を引き出し、自ら問い、考え、行動できる人材を育てるための教育変革」を目指すこととしました。同時に、ビジネス的な感覚で、総事業費100億円、10年という限られた期間に結果を出すことを自らに課したのです。

 それから3年。助成対象は220団体、参加者数12万人を超える規模となりました。

三菱みらい育成財団の概要と実績

探究・先端異能・21世紀型
リベラルアーツ
-新たな学びをサポート

具体的に助成事業は、どういった内容で行われているのでしょうか?

カテゴリー1高等学校等が学校現場で実施するプログラム

 助成事業には現在5つのカテゴリーを設けていますが、その中核をなすのは、全国の高校生を対象に彼らの「心のエンジンを駆動するプログラム(カテゴリー1、2)」です。今年度から高校に導入された探究型学習は、知識偏重型教育から脱却し「主体的・対話的で深い学び」を目指す取り組みであり、私たちの考えと軌を一にするものですが、現場の先生からは「どうやったらいいのか分からない」と戸惑いの声が上がる一方、その重要性に気付いて挑戦しようとする先生方は受験を優先する校内や保護者の無理解に直面して悩むケースが少なくないというのが実態です。私たちは、そうした先生方が新たなプログラムを開発・実施するための支援に力を注いでいます(カテゴリー1)。教育NPOなどもユニークで創意豊かなプログラムを開発しており、そうした取り組みもサポートしています(カテゴリー2)。

 誤った平等主義が突出した才能を埋もれさせる「浮きこぼれ」も深刻な問題です。理系を中心に大学が高校生を対象に大学レベルの教育プログラムを提供する「先端・異能発掘・育成プログラム(カテゴリー3)」は、その空白を埋めることを狙っています。

カテゴリー2教育事業者等がサポートするプログラム カテゴリー3先端・異能発掘・育成プログラム カテゴリー421世紀型 教養教育プログラム

 もう一つ、私たちが重視しているのが「21世紀型教養教育プログラム(カテゴリー4)」の開発です。今日私たちが直面する複雑で困難な課題を解決するために必要なのは「総合知」であり、そのために大学におけるリベラルアーツを再構築する必要があるのではないか。そうすることで、カテゴリー1・2で高校時代に能動的な学びの姿勢を身に付けた若者たちが、STEAM教育の「A」、即ち文理横断的なアーツを獲得し自らの判断の基軸をつくり上げることで、未知の世界に挑むチカラが生まれるのではないかと考えています。

カテゴリー5教員養成・指導者育成プログラム

 最後に「教員養成・指導者育成プログラム(カテゴリー5)」は、従来の知識伝達教育とは異なる探究型の学びをファシリテイトするという新たな役割に戸惑いを覚える高校の先生方を対象に、いわば学び方を学んでもらうプログラムを開発する取り組みです。この理解が欠ければ探究型学習は、本来の狙いから逸れてAOや総合入試のためのテクニックになりかねません。

 助成事業と並ぶもう一つの柱であるプラットフォーム事業も起ち上がりつつあります。助成対象の高校・大学やNPO等をネットワーク化し情報交換の場を提供することで、お互いの悩みや課題を共有し、その解決策を議論し、そこで見いだされたグッドプラクティスを横展開するとともに広く社会に発信する試みです。これまでに15回のオンライン交流会と「令和の高校教育に求められる教育プログラムとは」をテーマとしたシンポジウムを開催したほか、目下最初の3年を総括するための出版を準備中です。

教育改革

産業界と教育界が連携し、
パイオニア的な挑戦を

財団の起ち上げから3年間が経ちました。これまでの手応えはいかがでしょう?

自己肯定感UP 意思ある未来へ 心のエンジンが駆動

 この取り組みの中で、私たちも多くのことを学びました。例えば、探究型学習の難しさはテーマの設定と評価にあること、校内での取り組みを持続可能なものとするには組織的な対応と蓄積された知見の継承が鍵となること、学校外の大人たちからの助言が生徒たちに大きな刺激を与えること、そして、最大の悩みはどうすれば受験や部活との関係においてその意味と重要性を教員・生徒・保護者に理解してもらえるかにあること、等々。また、シンポジウムで紹介された「心のエンジンが駆動する」ことが生徒たちにどんな変化をもたらすかについての初期的分析結果も新鮮な発見でした。自己肯定感が増し、将来に向けての積極的な姿勢が強くなるだけでなく、自分の過去に対する肯定感が高まるというのです。「理系ブロッサム」の参加者が述べた「私にも初めての人達とこんなに話が出来るんだということが分かって嬉しかった」という何気ない言葉はまさにその瞬間を捉えたものなのではないでしょうか。

新潟県立新津高等学校の様子
新潟県立新津高等学校
ClimbUpプラン-「繋ぐ・拓く・創る」人になるために-
徳島県立城西高等学校神山校の様子
徳島県立城西高等学校神山校
循環型農業の実践を通した探究型学習プログラム

 最後にもう一つお伝えしたいことがあります。
 それは、こうしたさまざまな取り組みの背景には、現場のニーズとシーズを活動の起点に据えるための財団メンバーによるフィールドワークとそれに大変な熱量で応えてくださる先生方や教育事業者の皆さんと若者たち、そして、教育の分野で豊富な実績と高い識見を有する諸先生と財団の設立母体の経営者で構成される評議員会・理事会などでの密度の高い議論と実践の積み重ねがあること、そして、それを支えているのはメンバーが共有する日本の現状と教育の在り方に対する危機感だということです。

 産業界には、バブル経済崩壊後30年間にわたって経済の停滞を招いたことに対する自省と再生に向けて事業改革・社会構造改革をやり切らなければならないという切迫感があります。そのためには多様な個性を持ち創造力にあふれた人材がどうしても必要です。教育界における教育改革への新たな潮流も、私にはそのミラー・イメージのように見えます。良い教育システムを創り出し定着させ発展させるには、パイオニア的な試みとそれに続く地道な営為が必要です。私たちにできるのはわずかなことでしかありませんが、より良い明日の日本と世界を築く次世代の育成を目指して、このプロジェクトに参加してくださる全ての皆さんと共に粘り強く活動を続けていくつもりです。

三菱みらい育成財団アドバイザーボード委員大島まりさんと平野信行理事長の対談が行われました。 三菱みらい育成財団アドバイザーボード委員大島まりさんと平野信行理事長の対談が行われました。
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