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社会においても大学においても
よりよく変わるためにはダイバーシティの視点が必要

本屋は空間メディアであり、書棚は編集するもの

田中 法政大学ではダイバーシティ宣言を行い、性差、年齢差だけではなく、国籍の違いや性的少数者を包括するかたちでダイバーシティを推進しています。プロジェクトを進めていく際に様々な分野の方からお話を伺いたいと思い、今回は「お父さん」代表として安藤さんをお呼びしました。安藤さんはNPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事を設立し、父親から社会を変えて行くことをめざす活動に力を入れていらっしゃいます。男性自身が変わらなければならないと男性に対して発信していく。大変面白い発想であり、大事な考え方だと敬服しています。加えて、法政大学ともご縁がある。安藤さんは法政大学の学生の保護者でもいらっしゃるんですよね。

安藤 今年の入学式には保護者として出席しました。田中先生の江戸学のご著書は僕が千駄木で本屋をやっていた時に重点的に販売していたこともあり、入学式で先生のお話を伺いたいと思ったのです。式辞で述べられた「自由を生き抜く実践知」という言葉は響きました。

田中 それはとても光栄です。NPOを立ち上げる前は本屋さんだったんですね。

安藤 僕は転職の多い人生を送っていまして、ファザーリング・ジャパン設立当時は転職8社目で、楽天で事業部長をしていました。7社目がNTTドコモ、千駄木で本屋をやっていたのはその前です。

田中 ひじょうに面白い経歴ですね。

安藤 いろいろなことをやってきたように見えますが、一貫して本や雑誌に関わる仕事を続けていました。大学卒業後にある出版社に入社し、書店営業を担当。その後、音楽雑誌、男性のファッション雑誌の出版社を経て、書店の店長になりました。本が好きでなんとなく出版業界で働き続けていましたが、「自分のスペシャリティを磨こう」と決意したのが、書店を始めたきっかけです。当時、出版業界には「スーパー編集者」は何人かいましたが、書店員で目立つ人はあまりいなかった。ならば自分がなってやろう、と。自分なりの書店論、「本屋は空間メディアであり、書棚は編集するもの」を打ち出しました。とにかく棚いじりが好きでしたので、分類や大きさではなく「テーマ」で切って棚を作ったところ、売り上げが300%になりました。学校の副教材でもある『歴史年表』をたくさん売って話題となりテレビでも取り上げられたこともあります。遠い地方から「このお店で本を買いたくて」と来てくださったお客様との出会いも忘れられません。
でも、しばらくして自分の編集した棚の本がそれほど売れなくなり、世間の感覚が変わったと感じました。ちょうどインターネットが普及し始めた頃で、これからは「検索の向こう側」が大事になると考え、インターネット書店の仕事に移ったんです。

田中 いわゆる「就社」ではなく、自分がやりたいことを職場や組織を変えながらずっとやり続けるキャリアを積まれてきたんですね。

育児をしたくてもできないお父さんたちこそ社会的弱者

田中 インターネット書店の仕事をされている時に、NPO法人ファザーリング・ジャパンを設立されました。その経緯を教えていただけますか。

安藤 ファザーリング・ジャパンを立ち上げたのは2006~7年です。当時は小学校と保育園に通う子どもが2人いて、3人目も妻のおなかの中にいました。共働きでしたので、僕が保育園の送りを担当。当時はイクメンという言葉もなく、男性で保育園に行く人はほとんどいませんでしたが、とにかくやるしかなかった。あの頃の日本社会は、まだ男性が育児をやりづらい環境でした。育児をしたくてもできないお父さんたちも、社会的弱者です。この状況をなんとか変えたい。男性も育児を通して成長する「笑っている父親」を増やしたいと、パパ仲間たちと考えて作ったのが、父親支援のファザーリング・ジャパンです。

田中 NPO法人にしたのはどういう理由からですか。

安藤 ファザーリング・ジャパンの目的は、日本社会の男性の意識やライフスタイル・働き方を変えること。そのためには、セミナーを開催するだけでなく、メディアを通して広くメッセージを届けなければなりません。そのためには、株式会社でやるよりもNPOにした方がたぶん報道機関が取材に来やすいと考えました。おかげで、初期段階からテレビや新聞、雑誌など多くのメディアがわれわれの活動を取材に来てくれて、その情報が子育て中のパパやママや自治体、企業にも届きました。

田中 学生たちと話をしていても、NPOを作りたいと言う学生が徐々に出始めています。でも、それを目的にしてもテーマがないと難しい。何から考えさせたらいいのでしょう。

安藤 大学の講義でときどきそんな話題も出ますが、学生たちには、「NPOの目的は社会を変えること。でも君たちはまだ社会がなんたるかを識らない。だから、まずは実社会で働いてみて、休めないとか、給料が上がらないとか、つらい思いやもどかしさを感じること。税金を納めてみて『この仕組みはおかしいんじゃないか?』とか、そういうことが見えた時に、NPOという手段があるなと考えるべきだ」と伝えています。

田中 生きていて、自分の課題が見つかった時にやればいい、ということですね。

安藤 はい。僕もかつて乳幼児の育児をしていて、仕事が忙しい時に子どもがおたふく風邪になって会社を休んだりして、「なんでこんなに上手くいかないんだぁ!」とか、いろいろ悩んで気がついたんです。

田中 最初はうまくいなかったとは意外です。

安藤 昭和一桁生まれの公務員の父と専業主婦の母の元で育ちました。中学生の頃、ジョン・レノンの育児休業が話題になって、自分も将来はジョンのようなパパになろうという思いがありましたが、どうしても身体が動かない。やはり生育環境やメディアから男女の役割に関する考えが刷り込まれていたのだと思います。あ、これは自分の中の意識の「OS」が古いんだな、アップデートしなくちゃいけないんだと気づいた。今は、そういうことを父親学級などで教えています。「父親だからうまくできないのではない。それは能力の問題じゃなくてOSの問題なんだよ」と言うと、男性は安心します。まあ、この10年で3万人くらいの父親のOSをアップデートできたと思います(笑)。

大学に行く意味はどれだけ価値観の違う人と出会えるかにある

田中 確かに、この10年でだいぶ父親の意識は変わりました。

安藤 今の時代、男性が子どもをもったとき「イクメン」にならざるを得ない情況になりました。50代より上の世代の父親は「自分は稼いでいるから、育児や家のことをしなくていい」という選択肢があったのですが、今ではそれはないと思うんです。共働き家庭も増えてますしね。問題は、まだ会社のOSがアップデートしていないことなのです。制度はあるのに、男性はまだ育休を取りづらい。子どものことで休みづらい、帰りづらい。ファザーリング・ジャパンでは、「イクボス・プロジェクト」の中で、職場の上司の意識改革・働き方の見直しをめざす取り組みにも力を入れています。

田中 シングル家庭へ向けた支援にも取り組まれてきました。

安藤 子育て支援をしているうちに、両親がいる家庭でさえ子育ては大変なのに、シングルの家庭の大変さは想像を超えるものがあると気づきました。息子が小学生の頃、シングル家庭の子らをもつれて、よく映画やプールに行きました。そこで気づいたのが、父親同士が連携すれば、シングル家庭も含めて子育てがしやすい社会になるのではということでした。また当時は児童扶養手当など父子家庭への公的支援が薄い法制度になっていたので、「これはおかしい」と、ロビー活動を行いました。民主党(当時)に行って父子家庭の現状を訴えたところ、マニュフェストに入れてもらい、政権交代後の国会で改正案が通過し、父子家庭にも手当てが支給されるようになりました。ある北海道在住のシングルファザーから「これまで子どもにクリスマスプレゼントを買えなかったけれど、おかげで自転車を買ってあげられます」というメールが届き、本当に良かったと思いました。

田中 父親同士の連携が成功した秘訣は。

安藤 多様な能力やアイデアを持ったメンバーで、チームを作って取り組めたことが秘訣でしょうか。ファザーリング・ジャパンの会員には、会社の社長や公務員もいます。また弁護士、医師、行政書士、税理士、会計士、社労士、デザイナー、編集者など各分野のプロフェッショナルもいた。会社という利益追求の集団ではなく、「笑っている父親が社会を変える」という志を共にしたチームという感覚。リターンは「子どもたちの笑顔」。ここもブレていません。

田中 父親が変わると母親も変わってくるのでは。

安藤 相乗効果はあります。男性が育児家事をシェアできると女性の就労率は伸びます。キャリアアップも可能でしょう。産後に手を取り合ってお互いをサポートしながら家事も仕事もするパパとママは夫婦の絆も深まります。また、自分の人生を肯定できる母親がいることは、子どもたちの成長にとってもプラスだと思います。だから男性はもっと育休取得に積極的になるべきです。

田中 制度上はあるけれども取りにくい現実はありますよね。

安藤 上司の意識を変えないといけない。男性が国の育児休業制度を利用している割合はわずか2%ほどです。しかしほとんどの男性は妻の出産や産後に少し休んでいます。それは余っている有給休暇や会社の特別休暇で休んでいる。本当の育休は雇用保険であとから給付金が戻ってきますが基本、取得中は無給。経済的ロスとキャリアダウンが心配な男性たちはそこで躊躇してしまいます。また日本人独特の「同僚や顧客に迷惑をかけたくない」というメンタリティーもあってますます取れない。「制度はある。仕事のことは心配せず、育休取ってもいいんだよ」という上司の声掛けが足りないこともネックになっているんです。だから「イクボス」を育てる必要があります。イクボスは育児だけでなく、今後増える介護と仕事の両立のサポートもできるんです。

田中 父親として娘さんにどんな接し方をしてきましたか。

安藤 絵本はたくさん読んであげました。家には700冊くらいの絵本があります。少し大きくなってからは戦争、貧困などの社会的なテーマも好んで読みました。子どもにとって父親は「社会のウィンドウ」。本を通して子どもに社会を教えてあげたいと思ったからです。絵本は奥が深く、僕自身も読んでいて仕事上の悩みが解決したこともありました。哲学的な教えも読み取れます。もはや自分の子には読まなくなりましたが、今でも小学校で読み聞かせのボランティアや、地方の図書館や公民館で、バンドでギター弾きながら読む「絵本ライブ」の活動も続けています。

田中 大学生の娘さんに何かアドバイスするとしたら。

安藤 自分もそうでしたが、大学に行く意味は、「どれだけ価値観の違う人と出会えるか」だと思うんです。多様性に触れる。その楽しさを4年間で感じて学んでほしいと思います。

田中 法政大学では外国籍の学生も増えていますし、働きながら通っている学生もいる。学生が成長するためには、多様性の中での経験が大事だと思います。社会がより良く変わるためにも、大学がより良く変わるためにも、ダイバーシティの視点が必要なんだと思います。今日はありがとうございました。

安藤 ありがとうございました。


NPO法人ファザーリング・ジャパン代表理事 安藤哲也(あんどう てつや)
1962年生まれ。二男一女の父親。出版社、書店、IT企業など9回の転職を経て、2006年にファザーリング・ジャパンを設立。「育児も、仕事も、人生も、笑って楽しめる父親を増やしたい」と、年間200回以上の講演や企業セミナー、父親による絵本の読み聞かせチーム「パパ’s絵本プロジェクト」などで全国を飛び回る。子どもが通う小学校でPTA会長、学童クラブや保育園の父母会長も務め、"父親であることを楽しもう"をモットーに地域でも活動中。 2012年には社会的養護の拡充と児童虐待・DVの根絶を目的とするNPO法人タイガーマスク基金を立ち上げ、代表理事に。現在、寄付集めや全国で勉強会の開催を手掛ける。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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