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過去の「知」を見直す目が大切な時代

大学の生き残りは個性とビジョン

田中 今回は、今年4月に就任した学長二人が対談をするという企画になりました。どうぞよろしくお願いします。

 全国に名を知られた法政大学と違い、我が聖学院大学はどちらかというと地域密着型の地方大学。まずは、より多くの方に聖学院の名を知っていただくことが私の仕事です。

田中 実は法政大学も、地方からの受験生が減ってきています。むろん、経済的な理由もあるでしょうが、生まれ育った土地に腰を据えて、地域に貢献する生き方を望む若者が増えていることは確かでしょう。そうした中で、近年目立つ地方大学の個性的な取り組みは、興味深いと同時に脅威とも感じています。もはや大学の名前ではなく、教育の質が問われる時代ですからね。

 問題は、その大学がどのような人材を輩出できるかですね。そしてそれを、誰にもわかるように伝えられるかどうかが重要です。
聖学院のスローガンは「グローカルな現場人」です。これからは地域社会も多民族化が進み、地元企業の環境も大きく変わります。そこで先頭に立って活躍する人材を育てたいと考えているのです。

田中 雇用は今後ますます流動化し、地方・海外含め、どこで働くことになるかわからない。ただ、どこへ行こうと、異民族・異文化との共存は当たり前になります。そこでよい関係をつくるための、いわば人間としてのグローバル化は、大学教育共通の課題ですね。

 残念ながら、少子化の影響で大学はかなり淘汰されるでしょう。その中で、うちのような大学が小粒でもピリリと生き残っていくためには、そうした社会の中・長期的な変化、それに対応する大学の進化について、きちんとビジョンを示さなければなりません。
私の学長の任期がほぼ創立30周年に終わるので、そこからの「Next30」のビジョンを、いま教職員一丸の態勢でつくり始めています。

田中 規模に関係なく、ビジョンのない大学は生き残れないでしょう。ですから、まさに本学も、「HOSEI 2030」委員会のもとに各分野の委員会を置いて、大学の将来像を構想しているところです。

現代を考えるヒントが明治に、江戸に

田中 大学を巻き込むこの社会の変化について、夏目漱石の生きた明治期の社会と重ねて考えていらっしゃいますよね。

 漱石は、20世紀初頭の英・ビクトリア朝を見て、これは社会全体が病気になる時代だ、と悟ります。しかも、誰もが自分は健康だと思っている。その、病気と健康が逆転する奇妙な状況を、彼は夢などを題材にグロテスクな形で表現しているのです。
時代の病気とは、「大きい・速い・強い・高い」をすべてよしとする成長・拡大主義でした。漱石はそんな明治国家のあり方にずっと違和感を持ち続けました。むしろ彼には、先生のご専門の江戸の社会のほうが合っていたのかもしれません。

田中 江戸時代の体制が崩れたのは、西欧のシステムが正しかったからではなく、全地球的な変化に対応せざるをえない、時代の境目に至ったということだと思うんです。だから、完全に西欧になりきるわけではなく、はざまで悩み苦しむ人たちも少なくありませんでした。
漱石はその典型といえるでしょうが、特に樋口一葉や平塚らいてうのような女性たちは時代の矛盾を敏感に感じていました。はっきり表現していますよね、今の男たちと同じ生き方をする気はないと(笑)。

 成長・拡大主義といえば、まさに私たちが生きてきた時代もそうでした。それが崩れ去ったときに、オルタナティブが見つからず、相変わらず成長、成長と言い続けているのが現在だと思うのです。

田中 戦国時代もやはり成長・拡大主義でした。そこに大航海時代のヨーロッパ人が来航する。この日本史上最初のグローバル化の波に対応するために、社会の大転換を迫られ、それをやってのけたのが江戸時代だと考えています。拡大をやめ、職人を育てて自力でモノを作り、きちんと循環のシステムを構築し、鎖国はしつつも情報は取り入れてこれを使いこなした。
縮小型社会のモデルとして、そこには現代に通じるヒントがたくさんあると思います。

 封建制度の江戸時代にはついネガティブなイメージを持ってしまいがちですが、見かたを改めないといけません。そしてこれからは、外にモデルを求めるのではなく、自分たちの「知」の過去にあるものを再発見することも重要ですね。

文化も悩みも共有する日本と韓国だからこそ

田中 もちろん、いまの変化に過去と同じ方法で対応できるわけではないし、それこそ私たち全員が、新しい病気に知らず知らずのうちにかかっているかもしれません。そこで道を切り拓くために、ものを書くことの大切さをあらためて感じるんです。それも、思い悩んでいる自分のふがいなさもあわせて記録すること。漱石も、それをしたのだと思っています。

 私の場合、専門である政治学を離れたものを書くことが増えています。論文を専門家に読んでもらうこともむろん必要だけれど、一方でその「学識」を、一般に広めなければいけない。だから媒体は、ポピュラーなものを含めさまざまであっていいと思うんです。
記録すなわち伝えることですね。私も60歳を過ぎて、自分がこれまで受け取ってきたものを、今度はだれかに「相続」してほしいと考えるようになりました。

田中 姜先生の場合は、その相手が日本人だけでなく、朝鮮半島、さらにアジアに広がりますよね。

 ありがたいことに、韓国で翻訳されたものも、かなり読まれています。
いま韓国が抱える問題は、日本と非常に共通していますから、僕が日本で悩んできたことが、ちょうど同時代史的に受け止められているのでしょう。

田中 大学院の私の研究室には、江戸の文化を勉強に来ている韓国からの留学生もいて、たいへん優秀です。新しい価値観を作らなければという意識が強く、そこは日本の学生に見習ってほしいです。

 学術の分野では、韓国は必ずしも反日ではありません。日本研究のレベルは最近非常に高くなっています。

田中 反対に、日本での韓国研究は残念ながら少ないですね。法政大学出版局刊行『韓国の学術と文化』のシリーズ選定に関わったときに痛感したのですが、そもそも韓国の出版物が、日本でほとんど紹介されていません。

 入ってくるのはポップカルチャーばかり。あちらでは漱石の小説全集を現在刊行中で、大きな書店には日本語コーナーもあるくらいなんですが。
文化的にこれほど近い国はほかにないのですから、もっとお互いを見つめあって、共通の問題に取り組めるといいですね。

田中 ぜひ、先生にはその架け橋としてご活躍いただきたいと思います。本日はありがとうございました。


聖学院大学学長 姜尚中 (カン・サンジュン)
Kang Sang-jung
1950年、熊本県熊本市に生まれる。
早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了。国際基督教大学准教授、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、2014年4月より聖学院大学学長に就任。東京大学名誉教授
専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍。
主な著書に『オリエンタリズムの彼方へ——近代文化批判』、『マックス・ウェーバーと近代』、『ナショナリズムの克服』、『姜尚中の政治学入門』、『日朝関係の克服』、『在日』、『ニッポン・サバイバル』、『愛国の作法』、『悩む力』、『母~オモニ』など。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
法政大学総長。1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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