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大江健三郎と語る
消された一文字が象徴する戦後精神の危機

大江 健三郎

「いのち」と向き合う普遍的なテーマで

田中 大江さんは、『古今集』など日本の古典文学を含め、本当に幅広く本を読んでいらっしゃるんですね。

大江 読書だけが趣味の人間ですから(笑)。実は僕の中で、法政大学出版局は、みすず書房と並ぶお気に入りの出版社なのです。「叢書ウニベルシタス」は、出版する本の選択も翻訳も素晴らしく、装丁もいい。あのラインナップはどのように決めていらっしゃるんですか。

田中 おほめに預かり光栄です。編集部に加え、教員も評議員、理事、監事として加わり、提案もしています。

大江 叢書の中でも、初期に出された2冊は、僕の文学に決定的ともいえる大きな影響を与えました。ひとつはガストン・バシュラールの『空と夢—運動の想像力にかんする試論』。僕の想像力についての考え方は、ほぼこの本が元になっています。もう1冊はミルチャ・エリアーデの『聖と俗—宗教的なるものの本質について』です。

田中 反対に、大江さんの小説は、世界中の言語に翻訳されて読まれています。大江さんは、ご自身の故郷をモデルとする四国の谷間を舞台に、「土地の物語」ともいうべき作品も多く書かれていますが、海外の読者は大江作品を、日本という土地に固有の物語として読んでいるのでしょうか。それとも、もっと普遍的なものとして捉えられているのでしょうか。

大江 僕の作品の中で、最も多くの言語で長く読まれているのは『個人的な体験』です。これはご存じのとおり、しょうがいのある子供を持った僕自身の体験をもとに、その子供の人生を引き受けて共に生きていくことを決意する若い父親を描いたもので、一種の青春小説ともなっています。僕はサルトルが好きで、彼のいう意志ある選択を主題に小説を書きたいと思っていた。そこに自分の体験がちょうど重なったのです。
この作品については、海外の、特に女性の作家から質問を受けることが多いですね。やはり、わが子を産み育てるという普遍的なテーマを扱ったものとして読んでくれているのだと思います。

田中 「いのち」というものをどう受け止めて、どう共に生きていくか……これは大江さんの作品の大きな柱となっていますよね。

大江 健三郎 田中 優子

時代の変化が精神をつくる

田中 その「いのち」と向き合う姿勢という観点でも、戦前から戦後へ、日本社会は大きく変わったと思うのです。たとえば人権という考え方を明確にした、あるいは、戦争放棄を社会の共通認識にしていった。大江さんはそれを、「戦後精神」という言葉で表現されていますよね。

大江 ちょうど100年前、夏目漱石が『こころ』という小説の中で、明治という時代の精神を描いています。それは、前近代から近代へ、社会の形が一気に変わった、当時の日本人の特殊な体験の中で育まれたもの。そして僕は、自分の生きてきた時代にも、同様のものを感じ取ることができると思うんです。
僕は軍国主義の時代に生まれ、10歳のときに戦争が終わった。だれもが通えるようになった新制中学で、新しい憲法について、徹底的に勉強させられました。そこに謳われていたのは民主主義と不戦の精神、これこそが、僕の考える「戦後精神」の根幹をなすものです。そして、たとえ子どもであっても「個人」として扱われ、自分の意思で高校へ、さらに東京の大学へも進める。いい時代になったと思いましたよ。
学校の先生にはよく「自由をはき違えるな」といわれたけれど、僕はあえてはき違えてやろうと思っていました(笑)。

田中 優子

田中 中学生のときから、「個人」として生きるあり方を実感されたんですね。おそらく、大学という場が、その戦後精神を醸成する上で一役かっていたのだと思うのですが、大江さんはそのあたりをどう感じられましたか。

大江 僕は高校のときに、渡辺一夫先生の『フランスルネサンス斷章』という本に感銘を受け、この人に教わりたいと思って東京大学の仏文科に入りました。先生を単に仏文学者としてではなく、民主主義者、ヒューマニストとして敬愛していたのです。そして3年のときに、実際に授業を受けることができたんです。

田中 大学は、時代の精神を体現し牽引する優れた大人たちと出会える場所だったというわけですね。

大江 といっても、いまのように少人数のゼミのようなものはほとんどなく、大学院に進む人もごくわずかでしたから、学生の時に先生と親しく接することができたわけではありません。その代わり、一生読み続けようと思うたくさんの本、著者と出会うことができました。

田中 それは私もまったく同じです。大江さんより20年ほど後の世代になりますが、大学で体験すること、すべきことは変わらないのかもしれませんね。

戦後精神の根幹がゆらぐ

大江 7月に岩波文庫で僕の自選短篇集が出るということで、最初から現在までの短編を全部読み返してみました。僕は、人間としての経験の乏しい大学生のときに小説を書き始めてしまったこともあり、自分の作品は書き直しを重ねることで初めて完成すると考えています。今回もあらためて手を加えました。
こうしてみると、いくつかの作品では、戦後の時代を生きる典型的な人間の姿が、わりとうまく描けていました。それらを並べれば、戦後精神というものが浮き彫りにできるのではないかと、改めて気づきました。

田中 その戦後精神が危機に瀕していると、大江さんはおっしゃっていますね。

大江 たとえば、発表されている自民党の憲法改訂素案なるものを見て、細かいけれどたいへん気になることがあります。
第13条で、現行憲法では「個人として尊重される」とあるところが、「人として尊重される」と変えられている。「個人」と一般化・抽象化された「人」とでは、まったく意味合いが違います。この1文字の削除を思いついた人は、とても頭のいい、悪い人です(笑)。

大江 健三郎 田中 優子

田中 なるほど、それは象徴的な事例ですね。同じ素案の中で、「自衛隊」が「国防軍」と変わっていたりもするのですが、大江さんは、そうした制度の問題より、その背景にある人間のとらえ方のほうに注目されるわけですね。

大江 不戦の「制度」なら、人類はギリシャ以来ずっと持ち続けてきました。しかし同時に、戦争も続けてきた。大事なのは制度ではなく、不戦の「精神」なのです。
もし、集団的自衛権が、議会を経ない閣議決定による解釈改憲で認められてしまうようなことになったら、不戦の精神と民主主義という戦後精神の柱が、ふたつながら否定されてしまうのではないか。そういう危惧を、僕は持っています。

田中 それは、私ども大学も、注意深く目を光らせていかなければならない問題だと思います。本日はありがとうございました。


小説家 大江 健三郎(おおえ けんざぶろう)
小説家。1935年、愛媛県に生まれる。東京大学文学部フランス文学科卒。大学在学中の1958年、「飼育」により芥川賞受賞。 1994年、ノーベル文学賞受賞。主な作品に『芽むしり仔撃ち』『個人的な体験』『万延元年のフットボール』『洪水はわが魂に及び』『新しい人よ眼ざめよ』『懐かしい年への手紙』『人生の親戚』『燃えあがる緑の木』『取り替え子(チェンジリング)』『美しいアナベル・リイ』『水死』『晩年様式集(イン・レイト・スタイル)』等がある。

法政大学総長 田中 優子(たなか ゆうこ)
法政大学総長。1952年、神奈川県に生まれる。法政大学文学部卒。同大大学院人文科学研究科修士課程修了後、同大大学院人文科学研究科博士課程単位取得満期退学。2014年4月より法政大学総長に就任。専攻は江戸時代の文学・生活文化、アジア比較文化。行政改革審議会委員、国土交通省審議会委員、文部科学省学術審議会委員を歴任。日本私立大学連盟常務理事、大学基準協会理事、サントリー芸術財団理事など、学外活動も多く、TV・ラジオなどの出演も多数。

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