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【法政大学最新講義録】社会人のための経営戦略

ビジネスのコペルニクス的発想の転換が必要な時代になった

法政大学経営大学院
イノベーション・マネジメント研究科
教授 岡本 吉晴

1.幸せってなんだろう?

「何だっけ~何だっけ~幸せって何だっけ♪」(明石家さんま)・・・どうやら「ちょっとした絆」が鍵らしい[1]。法政大学で教鞭を執るようになる前に長く勤務していた三菱総研から訃報がはいった。故人の評判の著書を購入した。アジア各国は急速に経済成長をしているが、20世紀型市場経済の追求のみでは現在の我が国のように行き詰まってくるだろう。「国民の幸せ感を重視したマーケティングを行い、国内向けの商売を成功させておけば、いずれそれがアジア全体の市場で生きてくる」

イメージ亀岡誠,「現代日本人の絆—「ちょっとしたつながり」の消費社会論」,日本経済新聞出版社

イメージ内山節,「半市場経済 成長だけでない「共創社会」の時代 」,角川新書、2015年

高度成長期には、人々は企業に身も心も捧げる代償として安定した雇用が保証され、マイハウスを得、企業年金を得た。しかし、定年で企業との縁が切れてしまえば、多くの人々は「無縁社会」の一員として孤独な老後を送ることになった。今や、若者はこのような生き方に幸せを感じていない。全員に雇用の保証を与えられなくなり、4割近くが非正規雇用になる時代、正規雇用の職場でもブラック企業のような働き方を強いられる。

人々の願いは、幸せに生きることです。そのために、国家と市場経済と社会が三位一体で国の在り方を描かなければならないが、我が国ではそれぞれがバラバラで動いている現状だ。幸せとは何か?人によって違うかもしれないが、究極的には他人との関係性において「自分の居場所がある」ということだ。価値創造のプロセスのなかに他者との関わりが存在しなければならない[2]。「共創」社会の時代だ。これからの働き方・生き方・ビジネスを考える基盤となる。

2.世界の価値観に弁証法的展開が起きている

我々は、今、常にネットと繋がって“continuous computing”の環境にいる。これらが社会的な存在=“Social Machines”というポジションを得ている[3]。誰でもスマホを持ち,FacebookやTwitterやLINEなどのソーシャルメディアを介して情報を発信し、友達と交流する。リアルとバーチャルがフージョンした社会空間に参加するスタイルの生活をしている。バーチャル空間の中はソーシャルメディアから流れる「ビッグデータ」が溢れ、そこに隠れている意味を読み解き、次のビジネスの行動に役立てられている。

マイケル・サンデル教授のハーバード熱血授業「正義(justice)」。独特の状況設定を学生たちに提示して、現代社会の「正義」とは何かを考えさせる。例えば、「あなたは、今、緊急医療の現場に立つ医者である。目の前に6人の患者がいる。一人は今すぐに手術をしなければ助からない。あとの5人は、それほど緊急性はないが、やはり一刻を争って手術しなければならない。さて、医者であるあなたはどうするか?危篤の一人を優先するか?それとも5人の命を救うために一人を犠牲にするか?」といった問いかけをして、議論する。シンプルに言うと、正義を巡る3つの哲学の立場、「功利主義」と「自由主義」と「共同体主義」の三項対立で議論を進めている。

功利主義は、ベンサムの「最大多数の最大幸福」だ。数字や効率を重視するが、時として人間性が考慮されない。自由主義は、人間の尊厳は「自由」であるというカントの哲学に立脚する。その考え方を経済活動に適用したのが、「利己的に行動する各人が市場において自由競争を行えば、神の見えざる手により公正で安定した社会が成立する」というアダム・スミスの古典派自由主義経済学である。しかし、市場原理主義により、リーマン・ショックが起き、世界経済が破綻した。一方、共同体主義は、アリストテレスの哲学を源流とするもので、成熟した市民が形成する共同体の「総意」、共通の「善」や「徳」を追い求めるものである。行き過ぎた個人(自由)主義を是正し、全体(共同体)の和を重んじる。目先の損得勘定に左右されず、長い目で見た「利益」を重視する。「ビジネスにおける正義とは」「顧客の価値観とは」という議論に相通じる。

マネタリー経済からボランタリー経済へ、好意や善意によって自発的に財貨やサービスを提供する。SNS、リナックスなどのオープンソース、アフィリエイト、CSR、グーグルの無料のビジネスモデル、クラウドソーシング、クラウド・ファンディングなど、ビジネスにおいて「シェア」とか「共創」とか「オープン・イノベーション」という考え方が進んでいる。営利追求と社会貢献を同時に成立させる。社会貢献の事業の利益をさらに社会貢献へ、社会起業家が世界に増大している[4]。

2011年3月11日の東日本大震災の夜のソーシャルメディアは奇跡のようだった。ものすごい量の「何かしなければ」「何か自分にできることはないか」という声がツイッターやフェイスブック上に流れた。多くのアイディアが出され、当事者意識と共感の中で、いくつかの助け合いのプロジェクトが立ち上がった。そのスピード感は驚くべきものだった。

19世紀の功利主義、20世紀の自由主義、21世紀の共同体主義へと、経済原理の弁証法的発展が起こっている。東日本大震災はこのうねりを加速した。「絆」が叫ばれ、被災者達が黙々と助け合っている我が国の民衆の高貴な姿が世界で賞賛される一方、産・官・学がつるんで20世紀の利権にしがみついている姿も世界にさらけ出してしまった。

3.物質文明の終焉とインターネット社会の到来

つい最近までの古典的な製品中心のビジネス戦略では,よい製品を(プログクト・イノベーション)と効率よく大量に(プロセス・イノベーション)生産して,市場シェアを手に入れ,海外市場へ進出し,規模の劣るライバルを蹴落とす,というのが利益成長の方程式であった。しかし,今や物質的な「物」は手に入れてしまって「欲しい物」が無い。20世紀の「物質文明」は終焉した。安くて優れた製品を出しさえすれば,2ケタ成長ができた時代は終わった。Outsourcing,BPR,Restructuringなど,事業の効率を上げることばかりしてもモノは売れない。「もう限界ですよ!」というマネージャーの悲鳴が聞こえてくる。従来と同じ発想でプロダクト・イノベーションに走っても,防衛的にバラエティに富む製品群を作り出す結果となり,製品はすぐにコモディティ化し,価格の叩き合いに陥ってしまう。

1995年ごろ,「WWW」と「ブラウザ」と「JAVA」という3つの技術が発明されて,インターネットが本格的にビジネスに活用されるようになった。それ以降,従来と全く違ったビジネスの状況が創り出されている。インターネットにより「一度に無限大ともいえる多くの人々と情報を共有・交換」ができ,消費者は十分な情報を持てるようになった。革命とは主権の移行である。まさに、インターネットにより、情報主権が,企業や政府から,従来「情報弱者」であった消費者や市民に移った。

200年以上続いてきた工業化社会は,「供給者主導=supply-push型経済」であったが,インターネットを基盤とする情報化社会は,「消費者主導=demand-pull型経済」になる。インターネット社会が進展するなかで,顧客は変化している。「インターネットが世の中を変えようとしている本質は何か」ということを理解して, ビジネスでどのように変容すればよいのかを決断しなければ,成功はない。「消費者の論理からのイノベーション」でブレークスルーを図らないと,持続的な成長は望めない。ビジネス・イノベーションに対するコペルニクス的発想の転換が必要になってきている。

4.消費者主導社会の進展とイノベーションの軸足の変容

インターネットは,複数のネットワークが協調して運営されて発展してきた。相互に情報交換をしながら,自分の不具合は自分で修復をしなければならない。組織や個人が自己責任でネットワークに参加し, 自律的に運営されており,「自律協調分散型」の「複雑系システム」である。インターネット革命の進展で,世の中の様々な分野で,このパラダイムが浸透してきている。まさに共同体主義のパラダイムである[5]。

今や消費者は単一の製品や機能そのものを求めていない。そこから個人的な「経験」を通じて得られる価値を求めている。ビジネスに必要なイノベーションは,消費者と企業の関係の中で,パーソナルな経験により「個客」価値を生み出す「経験イノベーション」である

例えば、アップルコンピュータのビジネスモデルのイノベーションを考えてみよう。1999年,音楽コンテンツをネットで受け渡しする”Napster”が4,000万人の消費者を引きつけたが,音楽業界はこれを者作権侵害で訴えて勝訴した。音楽業界は,パッケージ化された「製品」を売りつけることしか頭になかった。しかし,実は消費者はダウンロードの対価を払う気持ちはあった。そこで,奇才Steve Jobs率いるアップルは,iTunesミュージック・ストアからiPodに1曲99セントでダウンロードできる仕組みを創り出し,それが大ヒットして業績を回復した。消費者が真に求めていたのは, 自分なりの方法で音楽ライブラリーを作り, 自らが価値を作り出す「経験」だったのである。

そもそもビジネスとは「顧客価値の創造」である。「企業中心」「製品中心」から「消費者中心」「顧客経験中心」へと,価値創造の発想の転換が求められている。「価値は企業が創造し製品・サービスにこめるもの」という発想から,「価値は企業と消費者が共創するもの」というコペルニクス的発想の転換を行わらなければならない時代になった[6]。

イメージ参考文献【6】38ページの図の一部を筆者が手を入れたもの

コア・コンピタンスの源泉も変遷してきた。1990年ごろまでは,企業のそれぞれの「事業ユニットの持つ知識が競争力の源泉」であった。90年代にはいると,「コア・コンピタンス」という概念が脚光を浴びた[7]。事業ユニットの壁を越えて組織に深く根を下ろす「独自性の高い技能」を認識して戦略を構築し,実行することが重要である, とされた。90年代半ばくらいから,企業内外のコンピュータ・ネットワークが進展したことで,「仕入先のチャネル,事業パートナーのコンピタンスを含めた複合的な能力」が問われるようになった。そして,2000年以降,消費者とインターネットで結びつくようになって,「消費者を含めた知識全体がコンピタンスの源泉」と経営者に考えられるようになった。

イノベーションの対象は,「製品空問」から「ソリューション空間」を経て「経験空間」に移ってきている。20世紀型マネージャーは,コスト,品質,効率,製品の多様性が競争優位の源泉と信じている。もはや,これは内向きの議論を生じさせるだけである。そして,顧客のシステム全体に責任を持つという「ソリューション・ビジネス」が出てきた。コンサルティングからシステム・インテグレーションまで面倒を見る。しかし,顧客は得てして製品にしか対価を払わないので,元請企業が吸収できない負担が生じることが多い。これからは,多彩な消費者経験に対応する「経験空間」がイノベーションのフロンティアである。IBMは,ガースナーの改革で「ソリューション・ビジネス」に重心を移し,更に「オンデマンド」にキャッチフレーズを変えた。イノベーションの軸足の変容を適切に捉えているようで興味深い。

変化の本質は,「個客経験の共創」である。どの企業も個客経験を紡ぐのに必要な資源を,単独では持ち合わせていない。柔軟な「グローバル資源の利用」が必要である。他社との共生的なネットワークを生かしながら,そのつど必要な資源を調達する社内マネジメントの仕組みを構築し, このマネジメントができる人材を育成し適正に配置しなければならない。何百万人の消費者の中から,個客を抜き出して光を当てる具体的なビジネスモデルの構築が必要である[8]。これは難しいが,試行・学習による段階的変容を遂げられれば,今後の大きな競争優位を手に入ることができる。

むすび

物と情報がつながり(Internet of Things),スマートフォンで個人が常時ネットとつながっている。我々は, リアルの世界での活動と並行して,常時バーチャルな空間とも接触して活動するようになった。インターネットの自律協調分散型の情報環境が,「社会的な存在」となって浸透している。

働き方の未来も20世紀とは大きく変わってくる[9]。確実に言えることは、

  • ①テクノロジーは発展し続ける。
  • ②長寿化により人口構成が変化する(少子高齢化)。
  • ③エネルギー・環境問題はますます深刻化する。
  • ④グローバリズムとローカリズムが同居する。
  • ⑤格差社会が広がる。

漫然と迎えると、孤独に苛まれ、慌ただしく仕事に追われ、疎外感を味わい、自己中心主義に毒される。主体的に高度な専門能力を身につけ、コラボレーションして物事を成し遂げて行く共創の働き方を築いていくと、仕事と家庭生活と社会貢献のバランスをとった生活の未来を迎えることができる。

あなたはITとどう向き合って生きていきますか?社会的影響という観点で、インターネットの本質的な性格は何だろう?それがビジネスや生活にどのような変革をもたらしているのだろうか?更に、未来の産業の構造や人々の働き方がどのように変わっていくのだろうか?

参考文献
[1] 亀岡誠,「現代日本人の絆—「ちょっとしたつながり」の消費社会論」,日本経済新聞出版社,2011.
[2] 内山節,「半市場経済 成長だけでない「共創社会」の時代 」,角川新書、2015年
[3] W. Roush : “Social Machines”, MIT Technology Review, pp.45-53 , 2005.
[4] 田坂広志,「これから何が起こるのか 我々の働き方を変える「75の変化」」,PHP研究所,2006年
[5] Yoshiharu Okamoto, et al., “The Nature of the 21st Century Paradigm Shift driven by the Next-Generation Internet”, Proceedings of the 2000 IEEE Engineering Management Society : EMS-2000, pp.464-469, 2000.
[6] C・K・プラハラード,ベンカト・ラマスワミ(有賀裕子訳), 「価値共創の未来へ−顧客と企業のCo-Creation」,ランダムハウス講談社,2004年
[7] ゲイリー・ハメル, C.K.プラハラード(一条和生訳), 「コア・コンピタンス経営—大競争時代を勝ち抜く戦略」, 日本経済新聞社, 1995年
[8] C.K. Prahalad and M.S. Krishnan, “The New Age of Innovation”, The McGraw-Hill Companies, 2008.
[9] リンダ・グラットン(池村千秋訳):「ワーク・シフト」,プレジデント社,2012年

法政大学ビジネススクール
イノベーション・マネジメント研究科
http://www.im.i.hosei.ac.jp/

法政大学経営大学院 イノベーション・マネジメント研究科
教授 岡本 吉晴(おかもと よしはる)
東京大学大学院工学系研究科 計数工学専門課程 博士前期 1971/03/31 修了
株式会社 三菱総合研究所 取締役、顧問を経て、法政大学専門職大学院 イノベーション・マネジメント研究科へ着任。イノベーション・マネジメント専攻主任 、研究科長などを歴任。
企業においては、暗黙知も含めた膨大な量の知識を抽出し、組織の知として共有し活用し、新たな知識を創造することが競争力の源泉となる。これからの経営・人的資源・イノベーション戦略のために、最も重要なテーマが「知識経営(ナレッジ・マネジメント)」を研究テーマにしている。

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