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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【日本の今】 新民法の附則

松村 昌人 (学習院大学 法科大学院 教授)

 新民法[1]は、来年の春(令和2年4月1日)から施行される。[2]本稿を読まれている方々も、「来年の春になると、新ルールが一斉適用される。」、そんなイメージを抱いているのではないか。しかし、事はそう簡単ではない。新しい法令には、施行時期や新・旧の法令の適用のすみ分けを定める附則が定められるのが通常である。新民法にもこの附則がある。そして、新民法の附則は、37条もあり、その内容は思いのほかに込み入っている。以下では、附則にまつわるトピックを2点ほど見てみたい。

 例えば、A氏が、今年(令和元年)春に、友人B氏に100万円を貸し付けたが、返済期限である今年の8月末になっても1円も返済がないという事案があったとする。貸金返還請求権の消滅時効は現行民法では10年間であるが、[3]新民法では5年である。[4]では、仮に、令和7年夏になり、しびれを切らしたA氏が、B氏に貸金返還を求めて民事裁判を起こし、そこで消滅時効が成立しているか否かが問題となった場合、裁判所は、新民法・現行民法のいずれを適用するだろうか。「新民法の施行後の裁判なのだから、新民法の5年が消滅時効期間のルールだろう。」と考える方はいないだろうか。実は、違うのである。この点、附則は、「施行日前に債権が生じた場合におけるその債権の消滅時効の期間については、なお従前の例による。」と定めている。[5]この条文、一見しただけでは読みづらいのだが、要するに、「令和2年4月1日より前に発生した債権には10年消滅時効ルールを適用するが、同年4月1日以降に発生した債権には5年消滅時効ルールを適用する。」という新・旧すみ分けルールを定めているのである。これを、上記事例について適用してみよう。A氏のB氏に対する貸金返還請求権が発生した時期は、令和2年4月1日より前である。そうすると、附則により、現行民法が適用されることになる。つまり、新民法が施行されて数年経った令和7年夏であっても、裁判所の審理の場面では、この事案の消滅時効期間は10年ルールで審理がなされるのである。このため、この事案では、まだ消滅時効期間は経過していない(令和元年からまだ6年しか経過していない)ことになるので、B氏の主張する消滅時効は排斥される。つまり、裁判所は、B氏に対して、「A氏に100万円を支払え。」との判決を出すことになるのである。

 別の例をみてみよう。令和元年5月に、C氏が車を運転中、運転を誤り、D氏に衝突し、D氏に全治半年の怪我を負わせてしまったという事案を考えてみる。人の身体を害する不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は現行民法では3年間であるが、[6]新民法では5年である。[7]仮に、令和5年冬に、D氏がC氏を被告として訴えて賠償を求め、そこで消滅時効が争点となった場合、新・旧どちらのルールが適用されるのだろうか。先ほどと同様に考えて、「新民法の施行日前に事故が発生しているのであるから、現行民法が適用される(つまり3年経過により時効消滅)」と考えて良いだろうか。実は、違うのである。このような場面では、附則は、「新法…の規定は、不法行為による損害賠償請求権の旧法…に規定する時効がこの法律の施行の際既に完成していた場合については、適用しない。」と定めている。[8]これも読みにくい条文ではあるが、要するに、新民法施行日(令和2年4月1日)までに既に3年が経っていれば消滅時効完成とするが、まだ3年経っていなければ消滅時効期間は新民法施行とともに5年となる、ということを定めている。C氏とD氏の裁判について言えば、令和2年4月1日時点では事故日より3年はまだ経過していない(令和元年の事故日から1年も経っていない)。よって、新民法の消滅時効期間5年が適用される。そうすると、令和5年冬の裁判の時点では、まだ事故日から5年間は経過していない(事故日からまだ4年しか経過していない)ので、消滅時効の主張は排斥され、裁判所は、C氏に対して、D氏への賠償金支払いを命ずる判決を出すのである。

 このように、似たような事例であっても、附則は、新民法・現行民法のいずれを適用すべきかについて、異なるルールを定めている。このほかの場面でも附則は様々な規定を置いており、合計で条文が37条もある附則となっている。意外に新民法・現行民法の適用場面は入り組んでおり複雑なのである。というわけで、新民法が出てくる事案であっても、当面は、附則を確認することが必要である。もし、附則の読み方で迷うことがあったら、弁護士(できれば、当法科大学院卒業の優秀な弁護士ら)に、是非、相談をしてみて頂きたい。

  1. [1]^ 平成29年6月2日法律第44号
  2. [2]^ 平成29年12月20日政令第309号
  3. [3]^ 現行民法167条1項
  4. [4]^ 新民法166条1項1号
  5. [5]^ 新民法附則10条4項
  6. [6]^ 現行民法724条前段
  7. [7]^ 新民法724条の2
  8. [8]^ 新民法附則35条2項
[2019.7.16]
プロフィール

松村 昌人(学習院大学 法科大学院 教授)
東京大学法学部卒業(法学士)。1996年弁護士登録。2006年から2007年中国・米国留学。2013年4月より学習院大学法科大学院教授(実務家教員)。主な業務分野:倒産法(会社更生、民事再生、破産)、企業法務、渉外。主な著作:『DCF法の数学』(2018年)、『経営権争奪紛争の法律と実務Q&A』(2017年)、『民事再生法書式集』(2014年)、『民事再生QA500 +300』(2012年)。
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