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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【cultura animi】 今ここでの正義論、そして多様性の価値

若松 良樹 (学習院大学 法科大学院 教授)

 私の専門は法哲学、中でも正義論である。サンデルの「白熱教室」のおかげで、正義論に対する一定の関心が高まってはいるものの、他方において、「正義、自由、平等などといった美しい理念を議論したところでどのような意味があるというのだ?」という冷笑も聞こえてくる。

 確かに、正義論には世間離れした理想論というイメージもつきまとう。理想論の必要性は否定されるべきではないが、「今、ここ」において日本社会がどのような価値を目指すべきかを考察することも正義論の課題であるという点も強調しておきたい。以下では、今ここでの正義論の具体例として、「現代の日本において社会が目指すべき価値は何なのか」という問題を考察したい。

 現在の日本に目を転じるならば、残念ながら、多くの面において衰退しつつあることは否定できない事実のようである。それでは、このような危機の時代に日本社会はどのような価値を重視すべきなのだろうか。

 「危機の時代にこそ、日本人は一致団結して協力し、難局に立ち向かっていこう」という勇ましい掛け声があちらこちらで聞こえてくる。ここでは、協力、調和といった価値が危機に対する処方箋として強調されている。

 危機の時代には一致団結という発想は自然なものかもしれないが、私にはむしろ、危機の時代にこそ、日本人は多様化し、バラバラになるべきであるように思われてならない。

 これが意外な処方箋であることは否定できない。したがって、「どうして多様性は重要なのか」をうまく説明できなければ、このような処方箋が採用される可能性は低いだろう。ここに「今ここでの正義論」の存在意義が存する。つまり、今ここで正義を議論することによって、社会がとりうる選択肢の幅を広げることができるのである。逆に言うならば、「危機の時代には団結」といった直感に頼っていては、日本社会がとりうる選択肢も限られてしまうだろう。

 私は多様性の重要さを説明するに当たって、進化論に学ぶ必要があると考えている。進化論においては、私達は環境にうまく適応できる場合には成功するし、適応できない場合には絶滅の危険があるといった発想である。つまり、私達が日本をいかに素晴らしいものであると考えていようとも、それとは無関係に環境は変化し、その変化に適応できなければ、「美しい国」も沈没していくということである。

 それでは、このように常に変化する環境に適応するためには、どうしたらよいだろうか。変化が予測できるのであれば、事前に備えることも可能だろうが、多くの場合、将来の環境を予測することは私達にはできないという点を確認しておくことが必要である。

 先のことは誰にも予測できないが、将来の環境に適応できなければ私達は衰退していくという絶望的な状況に対応するためには、選択と集中ではなく、むしろ多様性の維持が必要なのである。今は無駄だと思われていたものが将来役に立つかもしれないからである。生物多様性はこのことを教えてくれる。危機の時代にこそ、現在では無駄にさえ思える多様な選択肢を維持するといった度量が求められるのである。

 このような処方箋に魅力があるかは読者の判断に委ねざるを得ないが、社会が重視すべき価値について議論し、様々な選択を検討すること、つまり、今ここで正義について議論することは、没落を願うのではない限り、必要な作業なのである。

[2019.6.13]
プロフィール

若松 良樹(学習院大学 法科大学院 教授)
京都大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。京都大学博士(法学)。成城大学法学部教授を経て、2013年4月より学習院大学法科大学院教授。日本法哲学会、日本倫理学会、日本法社会学会、日米法学会に所属。

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