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※掲載の肩書は取材当時のものです。

【cultura animi】 「令和」という元号と『万葉集』

佐々木 隆 (学習院大学 文学部日本語日本文学科 教授)

 「平成」に代わる新元号は「令和」に決定したとの発表を、菅義偉官房長官が4月1日の記者会見で行った。それを受けて、『万葉集』を出典とするという「令和」について、各メディアが国民のさまざまな意見・感想を紹介し、またその出典となった箇所について、やはり各メディアが詳細に解説を加えた。それらを見るかぎり、国民の多くは「令和」を素直に受け容れたように思われる。

西本願寺本(複製)より

 今から1300年ほど近く前の、天平(てんぴょう)2年1月13日(太陽暦の2月12日)のことである。九州の太宰府(だざいふ)の長官だった大伴旅人(おおとものたびと)が、公邸に大勢の官人を招いて宴(うたげ)を催した。その際に官人たちが詠(よ)みあい、披露しあった32首の歌を、「梅花の歌三二首 序を并(あは)せたり」というタイトル付きで、『万葉集』の編者が巻第五に載録した。タイトルにある小字の「序を并せたり」という注は「序文を付す」の意であり、この「序」に見える2字を採って「令和」とした。こうした「序」は、歌を詠んだ事情を説明するために付すことが多い。

 次には、その「序」の冒頭部分を一般的な書き下し文のかたちであげる(言うまでもなく『万葉集』の散文はもともと漢文で書かれており、平仮名はまったく含まれていない)。

 時に、初春の令月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風(かぜ)和(やはら)ぐ。梅は鏡前(きやうぜん)の粉(ふん)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(ばいご)の香を薫(かを)らす
(今まさに初春の良い月であり、気は良く風は穏やかである。梅は鏡の前にある白粉(おしろい)のように白く、蘭は匂い袋のように香を漂(ただよ)わせている)。

 この文のあとにも、目に見える季節のすばらしさや景色のみごとさ、さらには当日の宴の楽しさなどを描写する表現が続く。そして、「宜しく園梅(えんばい)を賦(ふ)して、聊(いささか)かに短詠(たんえい)を成すべし(庭の梅を題材として、とにかく短歌を詠もうではないか)」という文で、この「序」は終わる。

 新元号の「令」は「令(よ)き月」から採り、「和」は「風和(やはら)ぐ」から採ったわけだが、「令」と「和」とが構文面で対等の関係にあるのではない。「令き月」に対しては、「気淑(よ)く」「風和ぐ」の語順を変えた「淑き気」「和ぐ風」などの表現が想定でき、それらの表現から1字を採ってもよかったはずである。しかし、「淑」は好字だが画数が多すぎる。その点、「和」ならば「令」につなげて特に問題はないからそれを採用した、ということだろう。

 このように、確かに「令和」は『万葉集』を出典とするものだが、『万葉集』の「令月」や「気淑く風和ぐ」については、研究者たちが中国の古典との関係を指摘してきた。それによれば、中国の古典のなかでも、6世紀前半に成立した『文選(もんぜん)』(30巻)という名文集に「是(ここ)に仲春(ちゆうしゆん)の令月にして、時和(ときやはら)ぎ気清(きす)めり」とあるのが、『万葉集』の表現に最も近い。この文の「令月」について、唐の時代の李善(りぜん)という学者が、さらに古い書物を引用しながら、「令」は「善」「吉」の意だと解説している。

 結局、「令和」はもとをたどれば中国の古典に行き着くのだが、日本人が字句を並べて文を作る際に中国の名文を手本にするというのは、ごくあたり前のことだった。当時の日本に『文選』が入ってきており、人々が文を作ったり手習いをしたりする際にそれを手本としたことは、いくつかの遺物から明らかである。

 『万葉集』に見えるほかの散文も、多くが中国の古典を踏まえたうえで書かれている。また、8世紀の初めに成立した『古事記』や『日本書紀』の散文についても、多くの字句が中国の書を出典としたことがわかっている。上に引用した文に続く部分もまた、中国の書の表現を学んだうえで綴(つづ)られている。出典にある表現を、その場と状況とに応じてどのようにアレンジして用いるかということが、教養ある人々にとって重要なことだったのである。

 日本の新元号は「order & harmony」という意味のものだとイギリスの新聞が報じた、と聞いた。「和」はharmonyでよいとして、「令」をorderの意だと説明することには問題があるとという向きもあるだろう。しかし、そのorderにもいくつかの意味があるから、適否の判断はなかなか難しい。

[2019.4.24]
プロフィール

佐々木 隆(学習院大学 文学部日本語日本文学科 教授)
1950年生まれ。学習院大学大学院博士課程単位取得。東洋大学文学部国文学科専任講師・同助教授を経て、1987年より学習院大学文学部助教授、1989年より同教授となり、現在に至る。日本古代文献学・日本古代語学を専攻。研究書としての単著に『萬葉集と上代語』『萬葉集構文論』『上代日本語構文史論考』その他数冊があり、一般向けの単著に『万葉歌を解読する』(NHKブックス)、『日本の神話・伝説を読む』(岩波新書)、『言霊とは何か』(中公新書)などがある。また、『万葉ことば事典』『日本神話事典』などの編集委員もつとめた。古事記学会理事・上代文学会理事。

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