中国古代史研究を通し、中国の今を知る:特集: 学習院TIMES 学習院大学:読売新聞オンライン

学習院TIMESロゴ

伝統とともに未来を拓く、学習院の“今”を伝えます。

特集 Special Contents

※掲載の肩書は取材当時のものです。

2 / 3

日本と中国では同じ漢字を使っていても、その文化、とらえ方は全く違う

gakushuin_0331_tsuruma_2.jpg――鶴間先生が訪問された、80年代の中国の状況はいかがでしたか?

鶴間 文化大革命が終わって間もないころで、庶民の生活も非常に質素でした。ただ経済優先の功利主義などなく「人の心」が、とてもきれいで純粋に思えましたね。1985年には、北京の社会科学院で1年間お世話になったのですが、あのときは研究室を住まいにしていた研究員夫婦もいました(笑)。

 当時、そのように質素な環境に甘んじている人が多かったのですが、そんな環境であっても、私たちを家族のように仲間総出で迎えてくれました。中国人には客をもてなすとき、ありったけのお金を使う文化があるのですが「こんなに歓待されていいのかな」と思ったほどです。友人が紹介してくれた人をたずねると、初対面なのに家に泊めてくれ、遺跡の関係者であれば見たい部分をすべて見せてくれました。本当に純粋な人間の世界に飛び込んだようでした。中国人の社会では、人間関係がとても重要なのです。もちろん、誰に対してもそういう歓迎をしてくれるわけではありません。私の場合は友人に紹介されたためですが、そういうときの「懐の深さ」は日本人には真似できないと思いました。もちろん「酒の付き合い」も重要でした(笑)。

――中国には白酒(バイチュー。アルコール度数50度程度の蒸留酒)で何度も乾杯しながら飲む文化がありますね。

鶴間 白酒が好きになるほど鍛えられましたよ(笑)。飲み友達になることも大事でした。でも酒の力より、もっと大切なのは彼らと本音でぶつかること。ある中国人に「お前たち日本人は文化大革命のころの苦しさを知らず、文革を評価している。そんな外から見ているだけの外国人の研究なんか大したことない。」と言われました。それに対して「我々日本人は丹念に史料を読み解いて研究を積み上げてきた。外から中国を見た方が、よく見える部分がある。」と答えました。そこで黙ってしまってはいけないのです。自分の意見を持っていない、何を考えているかわからない人間と思われ、信頼されなくなってしまいますから。彼らは仲間を一番大切にし、強力な人間関係を重視します。その一方で喧嘩を恐れず本音で話し合います。

 私は学生たちに「日本と中国では同じ漢字を使っていても、日本人と中国人では、文化やその受け止め方は全く違う」と、よく言います。こういう違いを理解し、本音の交流をしてきたおかげで、今でも付き合いが続いている人もいます。私の最終講義(202136日)のときも、30年来の中国の友人たちがZOOMで参加してくれました。

――日本人が中国へ行って学ぶのは遣隋使・遣唐使の時代からですが、今は日本で中国史を学ぶ中国の留学生も増えているそうですね。

鶴間 中国人には、日本人による中国史研究が新鮮に映るようですね。我々が築き上げた東洋史学を彼らが学んで中国へ持って帰ってもらい、それを中国の若者が学んで継承していくことにも意義があると思えます。講談社の『中国の歴史』(20042005年刊行・全12巻)は、中国と台湾でも翻訳出版され、累計で150万部も売れているそうです。私も第3巻(『ファーストエンペラーの遺産 秦漢帝国』)を書かせていただきました。現地の研究者と交流すると分かりますが、今は公式的な中国史の概説を学び、理解して学んでいる方は多いのです。学問に国境はありませんから、日中双方にとって良いことと思います。

――日本が令和という新しい時代を迎えた今、先生は中国の現状をどう思われているでしょうか。

鶴間 この15年間だけを見ても、中国はGDP世界2位に躍進し、三峡ダムを完成させ、人口は約14億にものぼるなど急速な発展を遂げています。そのような成長を遂げたのは、中国の政府が強い権力を発揮してきたからではありますが、その根底には人民の逞しさがあると思います。中国の歴史は、常に人民の反乱で変わってきたところがありました。権力がすべてをおさえてしまうと、人民の反発が生まれます。当然、中国政府もそれはよく知っていますから、中国の人民との間には一定の緊張関係が保たれているのです。

 たとえば最近の中国人の生活では、紙幣を使わなくなったという大きな変化があります。学生の9割ほどはスマートフォンの電子決済を使っているとか。南京の大学で日本語を教えている私の教え子も、ここ2年ほど紙幣は使っていないそうです。その理由ですが、中国には偽札が横行しており、紙幣への不信感が根底にあります。電子化は政府が強制したようにも思われていますが、人民もその事情を理解して受け入れたといえます。日本では中国政府の悪さ、厳しさばかりが話題になりますが、人民の逞しさも知らなければなりません。隣国がどのような現状であるのか、もっと我々日本人も身近なこととして、正確にとらえることも必要ではないでしょうか。