ニッポンの酪農を考える。

 100%国産の牛乳のおいしさを支えているのが、日本各地の酪農家です。担い手の高齢化や飼料の高騰に加え、最近の異常気象など、取り巻く環境は厳しくなるばかりです。酪農や農業の現場に詳しいフリーアナウンサーの小谷あゆみさんに現状と課題についてお伺いしました。

――自ら野菜を作る「ベジアナ」として食に関する発信をされていますが、酪農や畜産に関しても多くの仕事をされていますね。

 フリーアナウンサーと同時に農業ジャーナリストとして、全国の牧場を取材しています。また、政府の審議会委員や、独立行政法人家畜改良センターの監事も務めていますので、そうした立場で現地視察に行きます。9月には北海道胆振東部地震の被災地を訪問し、酪農現場の声も聞いてきました。

――酪農家の仕事ぶりをどうご覧になっていますか。

 それはもうハードですよね。酪農家の仕事は牛という生き物を健康に育て、生乳(牛乳・乳製品の原料となる牛から搾ったままのミルク)を生産することです。牛が相手なので、搾乳や餌やりなどは、一日も休めません。今は酪農ヘルパーという代わりの人が作業してくれる制度も広がってはいますが、長時間働いている方が多いです。

 天候にも左右されます。季節によっては、雨が降りそうになると、いくら休みたくても、前日は夜中まで牧草の刈り取りに追われることがあります。晴れの日が続きそうとなれば、牧草や稲わらを一気に干します。

 今年はものすごい暑さでしたが、牛は暑さに弱いです。体調を崩し、生乳の生産量が落ちやすくなります。酪農家は、大型の送風機を入れるなどして対応しましたが、お金もかかりました。

小谷 あゆみ(こたに あゆみ)/農業ジャーナリスト・フリーアナウンサー
1970年生まれ。兵庫県出身・高知県育ち。関西大学文学部卒業。 石川テレビ放送を経て2003年からフリーアナウンサー。グリーンチャンネルの畜産番組リポーターとして全国の牧場100ヶ所を訪問。また、野菜をつくる「ベジアナ」として都会のベランダ菜園から「農」に親しむ暮らし、都市と農村のフェアな関係をめざす。人も地域も喜ぶ持続可能な生産、農業の持つ多面的な価値をテーマに取材・講演。日本農業新聞などにコラム連載。
NHK Eテレ「ハートネットTV介護百人一首」司会として出演中、農林水産省 食料農業農村政策審議会 畜産部会臨時委員ほか。

――苦労が絶えませんね。

 本当ですね。ただ、牛を健康に育て、牛乳という命の恵みをいただく営みは、本来、喜びにあふれる仕事です。生産者にとって牛は、家族であり、仕事仲間です。そんな楽しい会社、都会のビルでは考えられません。

 こんなに誇らしい仕事なのに、外からはなかなか「見えない」ことが少し残念ですね。野菜農家なら作ったものを消費者にそのまま販売でき、お互いの顔が見えます。しかし、生乳はその特性上、取り扱いが難しく、酪農家と消費者がつながりにくいのです。そのために、チーズやヨーグルトなどの乳製品を自ら製造する農家も増えてはいますが、技術や投資、そして販路が必要で、簡単にできることではありません。ほとんどの酪農家は、生乳という原料を出荷するまでが仕事です。

 生乳は栄養が豊富ですが、とても繊細な農産物です。液体で運びにくいですし、常に冷蔵が必要となります。そこで、日本のほとんどの酪農家は生乳の販売を「指定生乳生産者団体」(図参照)に委託しています。高品質な生乳の生産に専念するためです。ちなみに、生乳を加熱殺菌しただけのものが「牛乳」ですが、牛乳を製造販売するためには、行政の許可を得る必要があります。

 どんな仕事でもうれしいのは、相手にありがとうと感謝されることではないでしょうか。生産者と知り合って、生産の過程を知ると、感謝とリスペクトが湧いてきてお互いに喜び合える関係が生まれます。私には酪農家の友人がたくさんいますが、都会の人がもっと、酪農家と友達になる手伝いをしたいと考えています。

――地震後の北海道の状況はどうでしたか。

 停電の影響が大きかったです。電気がなければ、酪農家は搾乳機も牛乳を冷やす冷蔵設備(バルククーラー)も使えません。さらに、乳業工場の稼働も停止したため、発電機でなんとか搾れた生乳も、廃棄を余儀なくされました。私が訪ねた千歳の酪農家は、半日で電気が復旧したのですが、それでも2トン廃棄したそうです。1リットル紙パックの牛乳で2000本と考えると途方もない量です。

 搾乳しないと、牛は病気になってしまいます。発電機を借りて、搾乳しても、捨てるしかなかったという話を伺うと、なんともやるせない気持ちになります。

――国産品の代わりに輸入品を利用できませんか。

 牛乳は生ものなので、輸入は難しいですね。保存がきく乳製品についても、輸入は、いつ止まるか分かりません。災害や戦争がなくても、新興国の経済成長が進めば、日本には買えなくなるかもしれません。だから、基礎的な食品である牛乳・乳製品を自国で作っておくことは、当たり前の食料安全保障です。実際、日本の牛乳・乳製品の消費量はここ数年伸びています。

 酪農の価値は、生乳を生産することだけではありません。牛ふん堆肥は田んぼや畑の土作りに欠かせませんし、牧場は命の教育や食育の場にもなります。それに、耕作放棄地を利用して、飼料が作られたりもしています。牧場がなくなれば、日本の食料自給率がますます下がり、農地も荒れてしまいます。

 酪農家たちは、私たちの食べ物はもちろん、牛という仕事仲間と一緒に地域を守ってくれているのです。そして、近年、自然災害が多発していますが、全国各地に牧場があることでリスクが分散し、安定供給がはかれます。

 それに、牛が牧場にいる風景は、のんびりして気持ちが良いですよね。これが人の心にどれほど安らぎや心地よさを与えることでしょう。

――現在、酪農家の悩みは何でしょうか。

 経営面で大きな課題を抱えています。生産費の約半分を占める餌の価格が高止まりしています。それに、酪農は生命産業なので、様々な機械や施設・設備も必要ですが、資材価格なども高騰しています。導入や更新のために、数千万円から億円単位でお金を借りることもあります。

 高齢化に伴う後継者不足も深刻です。酪農家の数も大きく減っています。実際は、親が子ども世代に継いでほしいと言いだせず、代替わりのタイミングでやめてしまう例が少なくありません。

 牛乳は手頃な価格で提供されています。成長期のお子さんがいるお宅のように毎日たくさん飲む場合は、非常にありがたいです。でも、小売店でものすごく安い価格で特売されていると、驚きますね。牛乳は生活必需品のため、特売の目玉にされやすいのです。ただ、生産にかかっているコストや酪農家の苦労を知ると、今の牛乳の価格は、ちょっと安すぎると感じます。

広告 企画・制作 読売新聞社広告局

ページトップへ