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トップ>研究>ゴーン氏は去りぬ;刑事手続に関する比較法的考察

研究

小木曽 綾

小木曽 綾 【略歴

ゴーン氏は去りぬ;刑事手続に関する比較法的考察
Mr. Ghosn has gone;A Comparative Law Analysis

小木曽 綾/中央大学大学院法務研究科教授
専門分野 刑事法

本稿は、JSPS科研費15K03220の助成を受けたものです。(広報室)

 2019年末に、保釈条件に違反してレバノンに渡ったゴーン氏は、「正義から逃げたのではなく、不正義から逃れた」のだとして、日本の刑事司法批判を展開している。年明けの記者会見等での氏の主張は、日産の陰謀、有価証券報告書虚偽記載罪および特別背任罪の不成立、日本の刑事手続の不公正などが綯交ぜとなったうえ、刑事手続についても下記の諸点が混然一体として批判の対象になっている。そこで、以下では、筆者の専門とする刑事訴訟法に関する諸点を切り分けて、フランス法と日本法を比較しながら考察する。

身体拘束

 日本での「逮捕」は、被疑者が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由があり、逃亡または罪証隠滅の虞があるとき、捜査機関が裁判官にその証拠を示し、裁判官がこれを認めたとき発する逮捕状によるのが原則である。今回のように検察官が被疑者を逮捕した場合、さらに身体拘束の必要があると思料するときは、検察官は48時間以内に裁判官に被疑者の勾留を請求し、裁判官は被疑事件についての被疑者の言い分を聴いたうえ、理由と必要を認めれば勾留状を発する。被疑者勾留は10日間であるが、裁判官はやむを得ない事由があればこの期間を10日間延長することができる。起訴後の被告人勾留については、要件は被疑者勾留と同様だが、期間は公訴の提起があった日から2か月であり、特に継続の必要がある場合、裁判所は1か月ごとにこれを更新することができる。保釈は、勾留されている被告人に限って許され、裁判所が適当と認める条件を付すことができる。

 一方、フランスの司法警察員は、被疑者が罪を犯したことを疑うもっともな理由があり、証拠破壊防止等のため必要があるときは、自身の判断で被疑者の身体を拘束することができ、これをgarde à vue(ガルダヴュ)という。この身体拘束時間は24時間、検察官の許可でさらに24時の延長が許される。捜査担当裁判官(予審判事)が行う捜査(予審)段階や公判段階では、出頭確保または再犯防止を目的として、被告人に対し、遵守事項を定めてこれを遵守させたり(contrôle judiciaire)、住居を定めたうえGPS装置を装着させたりすることができ、これでは目的が達成できないと思料されるときには被告人を勾留(détention provisoire)することができる。勾留期間は罪の重さに応じて異なるが、たとえば背任罪では4か月を単位とし1年以内とされている。

 日本には、捜査機関のみの判断で被疑者の身体拘束を許す制度は、現行犯逮捕を除けば、存在しない。にもかかわらず、フランスメディアは、警察段階での身体拘束であることから日本の「逮捕」をガルダヴュと訳し、メディアによっては被疑者勾留にまでこの語を当てているところに最初の誤解がある。次いで、ゴーン氏は約130日間勾留されたというが、フランスでの勾留の平均日数は266日、中央値でも229日であって、身体拘束の長短だけを言えば、少なくとも130日がフランスの勾留に比してより長いわけではない[1]。妻との自由な面会を許さない保釈条件が非人道的であるとも言われるが、証拠破壊の防止はフランスにおいても勾留理由であり、また、上述の遵守事項の中には、特定人物との接触を禁ずる項目も含まれている。

取調べと弁護権

 取調べ時間など、その実態については、弁護人の立会いもなく、1日8時間の取調べを受け、「不利益供述をしないと事態はもっと悪くなる」などと言われたとするゴーン氏の主張に対し、東京地検は、約130日の勾留中、取調べをしたのは約70日で1日の平均取調べ時間は4時間弱、日曜を除くほぼ毎日弁護人が接見しており、検察官は不利益供述を強制してはいない、などと反論している。

 日本では、被疑者の取調べに際しての黙秘権(供述するかしないかの選択権)告知と、逮捕された被疑者への弁護権告知が捜査機関に義務づけられているが、取調べへの弁護人の立会いは認められていない。

 フランスでは、予審はもちろん、ガルダヴュの段階から取調べに弁護人の立会いが認められる。筆者も、日本でもこれが認められるのが望ましいと考えるが、では、なぜ取調べに弁護人が立ち会うべきなのだろうか。公判段階では、検察側の主張・立証に反論する地位が被告人に保障され、これを援助するために弁護権が保障されるが、捜査段階での弁護人の重要な役割は、いわば密室で行われる取調べにおける被疑者の黙秘権を実効あるものにすることにある。日本で取調べに弁護人の立会いが認められるにいたっていないのは、身体拘束下の取調べで被疑者が精神的・身体的に追い込まれ、不利益供述が強制されているという弁護士会を中心とする意見と、弁護人立会いを認めると取調べを通じた事案の解明が難しくなるという捜査当局の意見との対立が激しいからであり、その妥協点として、2016年の法改正で、取調べの実態を事後的・客観的に検証可能にするための取調べの録音・録画が義務づけられることになった。したがって、黙秘権保障の担保策は日本においても一応はとられており、ゴーン氏の取調べも録音・録画されているから、それを再生する機会があったなら、一連の取調べの実態が明らかになったであろう。

 注意したいのは、同じ法改正では、自白に頼った捜査手法を回避する方策として日本型の司法取引制度も設けられ、ゴーン事件ではこれが用いられたとされていることである。自白に依存しないため新たな証拠収集手段として司法取引が設けられ、これを利用したにもかかわらず、仮に、ゴーン氏主張のように、検察官が身体拘束を利用して不利益供述を得ようとするかのような姿勢で捜査に臨んだとすれば、そのような捜査手法は、身体拘束と取調べに関する刑事訴訟法の定めはもとより、司法取引制度を設けた趣旨にも反するものであって、厳しく批判されねばならない。

有罪率と無罪推定

 日本での有罪率が99%を超えることから、日本では無罪推定原則が働いていないとか、公正な裁判が受けられないとする向きも多い。

 日本では、捜査は行政機関である警察官と検察官が行い、起訴時点で裁判所が捜査の結果収集された証拠に接することはない。被告人は自らに不利益な供述を強要されることはなく、審理のスタートラインは、公訴事実は存在しないという地点であって、そこから、合理的な疑いを超える程度の証明というゴールに検察官が達することができなければ、被告人には当然に無罪判決が言い渡される。このような公判における証明責任に関するルールが無罪推定の原則であって、日本の裁判はこれに沿って行われている。判決までの間に被疑者・被告人が身体拘束されることと、無罪推定の原則は無関係であって、無論、被疑者・被告人が身体拘束によって被る種々の不利益は、刑罰ではない[2]

 フランスにおいても、無罪推定の原則は検察官に証明責任を課すルールと説明され、審理の結果、被告人の有罪・無罪が判明しないときには、「疑わしきは被告人の利益に」裁判が言い渡される。ただ、フランスの刑事裁判は、裁判所の責任で真実を解明する手続ととらえられており、重大事件や経済事件では、予審が行われたうえ、正式裁判が必要と判断されると事件は公判裁判所に送致され、公判手続は裁判長が公訴事実を被告人に告知するところから開始される。そのような訴訟構造のゆえか、無罪推定原則の強化を目的とした2000年の法改正でフランス刑事訴訟法には前文が設けられ、その中には、「被疑者および被告人は、その有罪が証明されるまでは無罪と推定され、この推定に反する行為は、法の定めに従って防止され、それによって発生する損害は回復される」旨の定めがあり、そこに言う法の定めとして引用される民法には、被疑者・被告人を有罪であるかのように報道する行為等の差止め命令などが定められている[3]。このようなフランス法の定めを背景として見ると、ゴーン氏が日本の検察側の情報リークを非難し、自らの無実を記者会見の場で訴えようとした理由が得心できるが、法律上の無罪推定の原則は上述のとおりであって、それが適用されて開かれる公判手続はこれから始まるところであった。

 また、フランスの有罪率は93%~94%ほどであり[4]、日本と比べれば低いが、この数字をもって、フランスでは無罪推定原則が働いているが、日本では働いていない、と考えるのは上述のとおり論理的ではなく、科学的でもない。日本では、検察官が受理する事件のうち、60%弱は起訴猶予とされ、20%強は簡略な手続で裁判を終わらせる略式手続請求で、公判請求されるのは約8%に過ぎない[5]。日本の検察官が、確実に有罪の証明ができると思料する事件のみを起訴していることが、高い有罪率に結びついているであろうことも見逃されてはならない。

 以上に述べたことが、この問題への読者の理解に多少の貢献をすれば幸いである。

  1. ^ Vaney, La détention provisoire des personnes jugées en 2014, INFOSTAT JUSTICE Numéro 146, Décembre 2016. 軽罪での勾留日数であり、重罪ではより長い。
  2. ^ 勾留の日数は、言い渡された刑の一部として計算することができ、また、身体拘束されて無罪判決を受けた者は、その補償を請求することができる。
  3. ^ 2011年の法改正では、この前文の最終項に、「弁護人と接見し、その援助を受けることなくされた自白を唯一の証拠として有罪判決を言い渡してはならない。」という条項も設けられた。
  4. ^ Références Statistiques Justice, Ministère de la Justice, Année 2018.
  5. ^ 犯罪白書令和元年版。
小木曽 綾(おぎそ・りょう)/中央大学大学院法務研究科教授
専門分野 刑事法
中央大学法科大学院教授。長野県出身。1984年中央大学法学部法律学科卒業、1991年同大学院法学研究科博士課程後期満期退学。駒澤大学法学部専任講師、中央大学法科大学院助教授を経て現職。新旧司法試験考査委員、法制審議会臨時委員(性犯罪の罰則関係部会等)、刑法学会理事。研究テーマは、英米仏日の比較刑事法制。著書に『条文で学ぶ刑事訴訟法』法学書院(2015年)など。

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