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トップ>研究>グローバルな紛争解決のための法律プロフェッションの養成について

研究

伊藤 壽英

伊藤 壽英 【略歴

グローバルな紛争解決のための法律プロフェッションの養成について

伊藤 壽英/中央大学法科大学院教授・日本比較法研究所所長
専門分野 商法、有価証券法、比較法

はじめに

 政府は、「経済財政運営と改革の基本方針(いわゆる骨太の方針 large-boned policy)において、国際仲裁の活性化に向けた基盤整備のための取組[1]、国際的な司法人材の育成[2]、国際紛争解決ルールの形成に積極的に関与し、国際裁判への対応能力強化[3]といった方針を掲げ、そのための施策として、2018年11月20日、京都に国際調停センター(Japan International Mediation Center)が設置され[4]、2019年3月には、東京に国際紛争解決センター(Japan International Dispute Resolution Center)が開設される予定である[5]

 このように、骨太の方針を実施するための施設整備は進んでいるが、そこで必要とされる法律プロフェッション、とくに国際仲裁に関わる人材の育成については、諸外国の仲裁実施機関に研修のために派遣するといった計画のみが示されているだけで[6]、どのような専門家を、どのように育成するか、といった設計図・工程表は明確になっていない。

 近時、様々な場所で国際仲裁関連のシンポジウムやセミナーが催されている。私も、いくつか出席する機会を得たが、そこでの見聞をもとに、国際的法律プロフェッションの育成について、いささか感想めいたことを記すことを許されたい。

国際仲裁セミナー等の盛況

 国際仲裁関連のシンポジウムやセミナー等の特徴は、参加者が比較的若い弁護士層であること、場所が大手渉外弁護士事務所であること、講師が国際仲裁に精通した、ベテランの外国人・日本人弁護士であること、使用言語が英語であること(通訳なし)といったところである。もちろん、海外の仲裁実施機関(たとえば香港国際仲裁センターやシンガポール国際仲裁センターなど)から、改正仲裁規則についての紹介を兼ねて、講師が派遣されることも多い。

 制度や手続の変更などは、当該仲裁センターが提供するウェブ上の情報や、発出される書面類で確認することができるから、わざわざ講義を聴く必要はないのかもしれない。むしろ、大きな金額が動くのが通例とされる仲裁案件に、いかにして参入し、収益の機会を得るかを、手っ取り早く知りたいという動機が強いように思われる(そのように考える事務所のパートナー弁護士に指示されることも多いだろう)。

当事者対審主義の違い

 しかしながら、そのような思惑は、たとえば、英語で実施される模擬仲裁の場面で、早くも心許なくなる。主催者側が周到なシナリオを用意し、仲裁人と弁護士、仲裁人と証人の役をこなしながら、一場面の区切りが付いたところで、講師達からアドバイスやら注意などを受けることになるが、言語バリアを除き、いくつかの理由で、理解が難しいと思われる。第一に、英米法的な当事者対審主義(adversary system)と、大陸法的な裁判官による職権主義(judge ex officio)の違いである。大陸法系の訴訟手続では、事実認定について、裁判官がイニシアティブをとり、当事者双方の弁護士が書面をもって主張しあうのが一般的である。いわば、原被告の弁護士の立場は、「受け身」である。これに対し、英米法の当事者対審構造では、裁判官は中立なアンパイアとして徹底し、弁護士は相手方の主張の信憑性を崩すことに注力する。そのため、不適切な尋問があると、すぐに「オブジェクション」と挙手し、うんざりするくらいの多数回、これを行うのである。かりに、仲裁人が辟易して、途中で遮ろうものなら、後の仲裁判断において、「主張を聞いてもらう権利(right to be heard)」を侵害されたとして、デュープロセス違反を問題にされることになる。これによって、さらに手続に時間がかかることとなって、時間給で働く弁護士の費用が増大していくこととなる。

 ちなみにアメリカのロースクールをはじめ、英米法系の法学教育では、1年次の「証拠法」のクラスで、法廷弁論術(Advocacy)について学ぶのが一般的である。当事者の主張と主尋問・反対尋問、誘導尋問の区別を、実務家講師から学びながら、請求原因と事実認定の論理的な関係を学修していくのである。これに対し、大陸法系の法学教育では、実体的な請求権とこれを基礎づける要件事実の分析が主であり、重要な間接事実や証拠を選択し、どのように弁論で構成するかのスキルには、あまり重点が置かれないように見受けられる。かりに、当事者の主張に不足するところがあれば、裁判官が補足してくれるという安心感があるからなのだろうか。いずれにせよ、訴訟でも仲裁でも、弁論(証拠開示を含む)のステージになると、英米法系の法律家と大陸法系の法律家は、言語以上に、その違いに衝撃を受けることとなる。

 仲裁セミナーの講師のアドバイスとしては、仲裁に人の信頼を得るには、首尾一貫した主張が重要だとか、シニアのパートナー弁護士との事前の打ち合わせを十分にしておく、といった抽象的なものにならざるをえない。換言すれば、仲裁に必要なスキルは、国際仲裁案件をコンスタントに受注できる大手の法外事務所に職を得て、ベテランのパートナー弁護士のもとで徒弟的な訓練を、長期間、経なければ修得できないことを意味する。ある講師が、ベテランのパートナー弁護士は、往々にして、arrogantであるから、若手弁護士が付いていくのは大変だと発言して、会場から笑いを取っていた。ということは、多くの弁護士は、そういった苦い経験をしているであろうことを推測させる。

仲裁人に必要な能力の構築(Capacity Building)

 仲裁は訴訟と比較して、一般的に、手続き的な柔軟性があると言われている。しかしながら、一審限りの判断で紛争に決着がつくことから、当事者は自分の主張をできるだけ通そうとする。とくに、扱われる案件の金額が大きければ、どちらの当事者にとっても密接な利害が関わるので、慎重にならざるを得ない(弁論においてobjectionを連発する行動につながる)。このような手続きの柔軟性・効率性と公平性・公正性を考慮して、ケースマネジメントをする仲裁人は、訴訟指揮を経験した裁判官であることが望ましいことはいうまでもない。

 ところが、日本の裁判官は、職権主義のもとでの訴訟指揮について精通しているものの、英米法的な証拠開示・弁論(反対尋問を含む)の運営には不慣れと言わざるをえない。最近では、若手裁判官のうちに、海外のロースクールに留学する事例が増えているが、それでも当該国の訴訟実務に直接加わることはまれであろう。シニアの裁判官が引退後に国際仲裁人として活躍するには、かなりハードルが高いと思われる。

 他方で、若手弁護士が法廷での訴訟実務に関わる機会はそれほど多くない[7]。したがって、ケースマネジメントの要諦を体得することもまた、難しいということになる。これに対し、英米法系では、法学部卒業後、法廷弁護士補(pupilage barrister) として1年間修行し、法廷弁護士事務所(Chamber)に所属して、訴訟実務を経験することになる。さらに、いわゆる法曹一元制度(Unified Bar System)のもとで、弁護士経験を前提として、裁判官としての訴訟指揮を実際に行うことができることとなる。

 かりに、日本の若手弁護士が仲裁人としての能力を構築しようとすれば、たとえば香港やシンガポールの例が参考となる。すなわち、香港大学・香港城趾大学・シンガポール国立大学は、1年のLL.Mコースを修了すれば、香港国際仲裁センター(HKIAC)やシンガポール国際仲裁センター(SIAC)に仲裁人として登録できるというプログラムを設けている。さらに、非法律家の仲裁人には、基本的なコモンローの知識を教授しながら、仲裁人として必要なケースマネジメントのスキルを向上させるプログラムを提供するのだそうである。

本学はどのように対応すべきか

 現行の法科大学院・司法試験制度を前提とする限り、現役学生の期間に、このような国際仲裁に関わるプログラムを受講しつつ、法曹資格を狙うことは、事実上、難しい。しかしながら、いわゆる「3+2」に接続するかたちで、学部の頃から将来キャリアの可能性として検討できる枠組みを構築する必要がある。2023年、法学部の都市移転、法科大学院の駿河台移転を機に、グローバル紛争解決人材を輩出できるように、法科大学院とグローバルLL.M の併存、海外協定校との交換プログラム、国際機関での研修などを設計し、グローバル時代の「法科の中央」にふさわしい役割を果たすべきである。その場合、「英吉利法律学校」の出自と「比較法研究」の伝統こそが、他大学との比較優位を担保することとなろう。

  1. ^ 出典:内閣府ホームページ
    2017年6月9日閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針 2017 ~人材への投資を通じた生産性向上~」26頁。
  2. ^ 出典:内閣府ホームページ
    2018年6月15日閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針 2018 ~少子高齢化の克服による持続的な成長経路の実現~」44頁。
  3. ^ 出典:内閣府ホームページ
    2019年6月21日閣議決定「経済財政運営と改革の基本方針2019~『令和』新時代:「Society 5.0」への挑戦~」46頁。
  4. ^ https://www.jimc-kyoto-jpn.jp/page1
  5. ^ http://idrc.jp/
  6. ^ 出典:内閣官房ホームページ
    国際仲裁の活性化に向けた関係府省連絡会議「国際仲裁の活性化に向けた意識啓発・広報及び人材育成に関する 施策の更なる推進の方向性について」2019年7月4日。
  7. ^ 『弁護士白書2018年版』によると、2007年時点で、弁護士人口が2万5千人人であったのに対し、2018年度には、4万人を超えている。日弁連の資料 民事訴訟件数は増えていないのに、弁護士人口は増えている。しかしながら、民事訴訟の件数は、2007年時点で18万余件なのに、2017年には15万件弱に減少している。
    https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/statistics/data/white_paper/2018/1-1-1_tokei_2018.pdf
    https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/jfba_info/statistics/data/white_paper/2018/3-1-1_tokei_2018.pdf
伊藤 壽英(いとう・ひさえい)/中央大学法科大学院教授・日本比較法研究所所長
専門分野 商法、有価証券法、比較法
秋田県出身。1980年中央大学法学部卒業。
1982年中央大学大学院法学研究研究科博士前期糧課程修了。
1990年中央大学大学院法学研究研究科博士後期課程満期退学。
高崎経済大学専任講師・助教授、中央大学法学部助教授・教授を経て2004年より現職。
現在の研究課題は、市場型間接金融における取引法理のあるべき姿と、そのような企業金融のあり方がコーポレート・ガバナンスに与える影響について、といったものである。

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