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研究

関根 正敏

関根 正敏 【略歴

社会的課題の解決に向けたツールとしてのスポーツの活用可能性

関根 正敏/中央大学商学部准教授
専門分野 体育・スポーツ経営学、コミュニティ・スポーツ論

開幕間近のメガ・スポーツイベントに寄せて

 2019年9月よりラグビーワールドカップが国内12都市で開催されます。ラグビーワールドカップとは、15人制ラグビーの世界一の国を決める4年に1度の大会のことであり、2015年の前回大会では40億人以上がテレビで試合を観戦したほどの大きなイベントです。さらに2020年には、東京オリンピック・パラリンピックも予定されており、世界中の国々からたくさんの選手が集い、マス・メディアを通じて多くの人々が観戦する「メガ・スポーツイベント」が立て続けに日本で催されます。そうしたイベントが控えるなかで、本稿では、現代のメガ・スポーツイベントを語る際に欠くことのできない「レガシー」(遺産)という視点に触れながら、その根幹にあるスポーツを社会問題の解決のための「ツール」(道具)として捉える発想について整理しながら、今後の課題を展望してみたいと思います。

レガシーという視点から模索される開催意義

 上述のメガ・スポーツイベントに共通するのは、ラグビーワールドカップは約7週間、オリンピックとパラリンピックはそれぞれ約2週間と、いずれも比較的短い期間に集中して開催される大規模な国際競技大会だということです。そして、短期間のイベントにもかかわらずその開催には莫大な経費がかかり、それに対する政府や自治体からの資金援助も大きなものとなるため、その税金の投入が適正なのかという視点からイベント開催について懐疑的な視線が向けられることが少なくありません。そうした批判を受け続けてくる中で、これらのイベントでは、その開催の正当性を担保するためにレガシーを重要視してきています。レガシーとは、「残されたもの」や「引き継がれていくもの」を意味することばで、総じて、長期的視点から開催都市にもたらされる効果を示すものです。このレガシーという考え方は、国際オリンピック委員会(IOC)では、2012年大会の開催都市を決めるプロセスから明確に採用され、開催に立候補する都市に対してはレガシーのプランニングが義務づけられました。このことを受け、招致を進める国や都市では、例えば、開催都市の世界的地位の向上(社会的レガシー)や環境に配慮した都市創造(環境レガシー)、交通網の整備や都市開発(都市レガシー)、観光の活性化・雇用増加(経済的レガシー)など、スポーツという領域だけに留まらない幅広い視点から、ポジティブな効果としてのレガシーを構築するための検討をしながら、イベント開催の意義を模索してきています。

ツールとしてのスポーツ

 このレガシーという概念のなかには、スポーツを「ツール」として見做す考え方が含まれています。ツールとしてのスポーツとは、スポーツという営みをきっかけにしながら、健康の増進や青少年の健全育成、地域のつながりの形成、社会的包摂、都市の活性化など、スポーツ活動自体が充実すること以外のアウトカム(成果)の実現に繋げるという考え方です。人びとは、スポーツで競い合うことで充実感や達成感を感じたり、ハイレベルな試合を観戦し緊張感や爽快感を味わうなど、楽しさや喜びを求めてスポーツに興じます。こうした楽しさや喜びはスポーツに内在する特有の価値であり、スポーツ推進をめぐっては常に大切にすべきことです。一方、スポーツをツールとして活用するという発想は、こうしたスポーツの楽しさや喜びの獲得という視点だけに留まらず、スポーツ以外の目的達成にも繋げるというアイディアといえます。スポーツとは、用語の定義をみてみると、生命の維持に必要なものや経済的便益をもたらさない非生産的な「遊び」であるとしばしば言われるのですが、現実には、そうした定義とは異なる状況もみられます。様々な感情を伴う身体活動であり、独自の文化的な空間を創り上げるスポーツは、多くの人から好かれ、人と人を繋いだり、人を動かしたり、注目を集めたりすることで、暮らしに役立ついろんな効果をもたらすポテンシャルがあると期待を集めているのです。

「スポーツによる経済・地域の活性化」をめざすスポーツ政策

 メガ・スポーツイベントにおけるレガシーという考え方と同様に、現在、日本政府が推進するスポーツ政策のなかにも、スポーツをツールとして位置づけ、社会的な問題解決にアプローチするという発想がみることができます。2015年に文部科学省の外局としてスポーツ庁が設置され、他の省庁が担ってきたスポーツ関連施策との連携が図られてくることで、日本のスポーツ政策は、旧来の教育行政という枠組みに加えて、経済、健康、地域社会、国際関係といった幅広い視点から政策的なアウトカムを求める傾向が加速してきました。そうしたなかで、文部科学省が2017年3月に公表した第2期スポーツ基本計画では、「スポーツで『社会』を変える!」をキーワードの一つに据えて、スポーツの魅力を効果的に活用しながら社会の課題解決に取り組むことを謳いました。そして、「スポーツを通じた経済・地域の活性化」を取り組むべき政策領域の一つに定め、スポーツの成長産業化に向けてスタジアム・アリーナ改革やスポーツ経営人材の育成を進めたり、地域を活性化させるためのスポーツ観光の推進やオリンピックの合宿誘致に取り組む計画を示しています。

スポーツの活用可能性:今後の論点とは

 このように、レガシーの構築に向けた動きやスポーツ庁が核となるスポーツ政策によって、社会問題を解決するツールとしてスポーツを捉えるという発想はかなり広まってきています。そして実際に全国各地では、「スポーツによる地域活性化」というかたちで様々な取り組みが着手されてきています。こうした広がりをみせるなかで、ツールとしてのスポーツの活用可能性を高めるために、今後重要になる課題の一つは、そうした社会志向の取り組みに真摯に向き合える人をどれだけ増やせるのかということと、具体的な成果を残すための取り組みをいかに構想していけるのかということだと思います。筆者がフィードワークを続ける栃木県宇都宮市では、自転車ロードレースの世界レベルの競技大会をきっかけに「自転車のまちづくり」が推進されています。そこでキーアクターとなるのは、地域の行政だけでなく、自転車ロードレースのプロスポーツチームであり、チームが行政と連携し、時に行政を先導しながら、スポーツであり移動手段でもある自転車の価値を高めるための活動に取り組んでいます。スポーツによる社会課題の解決という取り組みをより実効性のあるものにしていくためには、このプロスポーツチームのような「テーマに共感した人びと」をいかに増やしていくのかという視点が大切で、そうした人たちによる社会志向の活動を活性化させていくことが求められると思います。そして同時に、そうしたスポーツによる地域づくりの現場に寄与するような実践志向の研究も求められています。

関根 正敏(せきね・まさとし)/中央大学商学部准教授
専門分野 体育・スポーツ経営学、コミュニティ・スポーツ論
埼玉県飯能市出身。1984年生まれ。
中央大学杉並高校卒業、中央大学総合政策学部卒業、筑波大学大学院体育研究科修了。修士(体育学)。
神奈川大学人間科学部教務補助、作新学院大学経営学部准教授などを経て、2019年4月より現職。商学部ではスポーツ・ビジネス・プログラム(プログラム科目)などを担当。
専門は、体育・スポーツ経営学、コミュニティ・スポーツ論。現在の研究課題は、地域社会における持続可能な生活やスポーツを支えるしくみづくりについて研究している。主な業績として、「国際大会から波及した「自転車のまち」」(松橋崇史・高岡敦史ほか編著『スポーツまちづくりの教科書』所収)、「地域スポーツとコミュニティ」(柳沢和雄ほか編著『よくわかるスポーツマネジメント』所収)、「総合型地域スポーツクラブ設立をめぐる正当性の確保と地域生活の歴史に関する研究」(『体育・スポーツ経営学研究』23巻所収)などがある。

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