中央大学研究開発機構は、今年設立20周年を迎えます。1999年7月に設立して以降、「産官学の連携・研究交流の深化」を使命とする研究拠点として、持続可能社会の形成に向けて実社会が直面する諸課題の解決に取り組んできました。この20年間で、100を超える研究ユニットが展開され、参画する多くの研究者の尽力によって学術的にも、社会的にも影響力のある研究成果が数多く生み出されてきました。
今回の特集では、現在展開されている研究ユニットに参画する研究者に焦点を当て、その研究活動の紹介を通じて、研究開発機構で研究活動によって生み出される成果の一端をご紹介します。
辻井 重男 【略歴】
研究開発機構創設20周年に当って:
辻井 重男/中央大学研究開発機構 機構教授
専門分野 情報セキュリティ・暗号の理論と歴史
筆者は、今年、八十路の坂を下り始めたが、お陰様で、今のところ、元気な振りをして、研究活動を続けている。中央大学理工学部定年の70歳になる直前、文部科学省の21世紀COE(Center of Excellence)の最下位争いに勝ち抜いたのが運命だった。COEは、国公私立大学が名誉を掛けて競争した研究プロジェクトで、旧7帝国大の約半数、そして私の母校、東工大も、情報系は採択されず、「先生、東工大を裏切りましたね」と冷やかされたような激戦だった。そして、数名のポスドクをCOE研究員として採用した。だが、COEが終わっても、ポスドクは定職を見付けることが出来ず、その後も3年刻みで、研究開発機構から政府系大型研究プロジェクトに応募して、ポスドクの研究を支え、成果を生み出してきた。若い研究者の邪魔をするつもりは毛頭無いのだが、人件費の出せるような大型プロジェクトの申請は、広い視野と経験が求められる場合が多く、若い研究者が代表となるのは難しいのだ。その内、大学や企業を定年退職はしても研究意欲に溢れる高齢研究者が集まってきた。現在、総務省のSCOPEという委託研究を10名以上のグループで進めているが、約半数は、70歳を超えている。SCOPE研究の内容は、後述するとして、先ず、シニア研究者の活用について提案をしておきたい。
現在の日本の研究力の衰退は実に嘆かわしい状況である。研究文化が社会的に理解されていないのだが、これについては、ノーベル賞受賞者達がメディア等で訴えているので、繰り返さない。私が主張したいのは、シニア研究者の活用である。研究の居場所があれば、研究したい高齢者は少なくない。だが、「老後って詰まらないねー」と嘆きつつ、生涯を閉じる元一流研究者も少なくない。本人の為にも、日本の為にも勿体無いではないか。
その一方、笠原正雄京都工芸繊維大名誉教授のように、80歳を越えても研究を続けて論文を発表し、その傍ら、小説の執筆にも余念が無いシニアも見受けられる。また、同じく昭和11年生まれの長尾真元京大総長は、最近「情報学は哲学の最前線」を出版された。安西祐一郎元慶應義塾長は、若い頃の博士号とは別に、先日、博士(哲学)を取得された。そのお祝い会に駆けつけ感銘を受けた。
近頃、壮年の現役研究者は、短期的・計画的・実用化研究のための競争的資金獲得に翻弄され、自由な発想で研究にチャレンジ出来る研究費も時間も無いという嘆かわしい状況にある。これに対して、シニア研究者は、最低生活は保障されているから、研究時間はあり、議論したり、学会発表したりする経費と居場所があれば、永い経験と広い視野を活かし、成果を出せる環境にある。中央大学研究開発機構には、福岡機構教授を初め、多数のシニア研究者が、活発な研究活動を続けている。そこで、筆者は元NEC研究者の並木淳治氏等と共に、そのような研究環境を広く生み出すための会を「光輝会」(後期高齢者に因んで)と名付けて立ち上げ、活動を続けている。並木氏は、電子情報通信学会に光輝会の特別研究会を設立された。
本研究は、一般社団法人 セキュアIOTプラットフォーム協議会(理事長 辻井重男)と中央大学研究開発機構の連携により、平成30年度~令和2年度(予定)に掛けて実施している(代表研究者 辻井、中央大学代表研究者 白鳥則郎機構教授)。冒頭にも述べたように、10数名の研究者から成るこのプロジェクト研究チームの約半数は、シニア研究者であり、毎週のゼミで、活発な議論を闘わしている。
研究内容は、デバイス層から社会・文化層までの真贋判定・真正性保証を理念としている。以下、各層について説明する。分かり易さの為、上位層から始めよう。
現在のAI(人工知能・機械学習)は、敵対学習と言う深刻な課題を抱えている。例えば、図に示すように、正岡子規の写真を夏目漱石に、或いは、哲学者カントの顔をヘーゲルに、誤認識させることが出来てしまう。これは、教師付き深層学習によるAIが、幾何学的基盤を平面的なユークリッド幾何学においているからである。これに対し、中央大学の趙教授等は、人間の表情を知覚する特性を考慮し、リーマン幾何学、即ち、曲がった空間の幾何学を用いて、敵対学習を防止できるAIの理論構築に成功し、国際会議で高い評価を得、また、元趙研究室大学院学生の炭矢氏は、日本放送賞、及び、デジタルフォレンジック研究会若手賞を受賞している。現在、AI研究は、国際的競争が熾烈を極めているが、日本の産業界も、外国の後を追うばかりでなく、このような画期的な理論が日本から生まれていることに注目し、実用に繋げることを期待している。
さて、社会層・文化層にまで、話題を広げれば、SNSの普及により、フェイク・ニュースの氾濫が深刻な話題となっている。SCOPE研究では、佐藤 直 機構研究員が、考察を深めている。
しかし、フェイク・ニュースは、今に始まった話ではない。太平洋戦争の頃、小学生(国民学校生)だった私は、毎日のように、大本営発表と言うフェイク・ニュースを聴かされていた。現在、私が、興味を持っているのは、「世界最高の知性を目指した筈の京都学派は何故、戦争協力へ堕ちたのか」(菅原 潤著:京都学派)である。平和論は別として、日米の国力に1桁の差があるという現実に対する認識が甘かったのではないか、と考えている。現実を見極める客観的・批判的自我意識の深化が今こそ、求められているにも拘わらず、戦時中の文化人・評論家達を批判する著作を記している現在の著者達の多くが、そのことに触れていないのが不思議でならない。
DX(デジタル・トランスフォーメイション)が叫ばれる昨今である。
DXのシステム基盤はPublic Cloudであろう。競争相手や管理者に対して、情報漏洩・改竄を防止し、情報の真正性を保証する為には、平文のままではなく、暗号化してクラウドに預けねばならない。そして、それらの情報を処理する場合、一旦、平文に戻して処理することは、情報漏洩の機会を増やすことになる。そこで、我々のSCOPE研究では、暗号化したままで、計算や検索を実行する研究を、山口浩機構教授や五太子政史研究員等が進めている。
インターネットにおけるサイバー攻撃では、標的型攻撃が深刻になっている。IPAが、毎年実施している、「組織に対する、最も深刻なサイバー攻撃は何か」と言うアンケート調査では、このところ、標的型攻撃がトップである。標的型攻撃とは、喩えて言えば、家康側は、先ず、大阪城の弱いところに取り付き、そこから、淀君・秀頼のいる本丸にこっそり攻め入って、家康との間に伝送路を張り、重要情報を盗み出すという類の攻撃である。標的型攻撃に対しては、多くの組織が、「怪しい添付ファイルは開くな」という教育などの防御対策をとっている。しかし、怪しい添付ファイルは開く社員が減っても、ゼロには出来ない。孤塁を守るだけでは効果は薄いのである。ネットワーク全体で対策を取らねばならない。そのため、国際的には、S/MIME (Secure/ Multi-purpose Internet Media Extensions)という基準が、20年以上前に定められている。送信者の真正性を受信者に対して保証する為である。これを個人まで普及させようとすると、コスト、手間などの課題も多いが、先ずは、組織間から導入してどうだろうか、という提案を、2年ほど前に、新聞に寄稿したところ、防衛省のある幹部が中央大学へ部下数名を連れて来られ、防衛産業界で導入するとのことであった。現在、かなり進められているようである。
私は、講演などの度に、S/MIMEの導入を薦めている。そのために、高価な長い箸を購入した。「長い箸しか無く、自分の口に、食べ物を入れられないとき、互いに相手の口に入れ合おう」と言う仏教説話を喩えにする為である。また、近江商人の「売り手良し、買い手良し、世間良し」を言い換えて「送り手良し、受け手良し、ネット良し」とも言っている。ネットモラルとはそういうものではないだろうか。
IT技術は、日に日に進む。法制度・標準化もどうにかこれを追いかける。しかし、追いつかないのは、倫理・道徳であり、行動規範である。日本赤十字の創立者、佐野常民は「文明の進歩は、道徳の進歩を伴わざるべからず」と言ったが、これが難しい。
SCOPE研究では、研究開発機構の才所敏明研究員が中心になって、組織対応のS/MIMEの効率化や、IoTまで含めた拡張システムの検討を行うと共に、社会的認知活動を行っている。
500億とも言われる万物が情報を発する時代となった。細かいセンサーまで含めると、千差万別どころではなく、センサー兆別にも達する。医療機器や重要インフラ等から送信モノを偽られては、人の命にも係る。そこで、SCOPE研究では、セキュアIoTプラットフォーム協議会が中心となって、重要デバイスに、電子認証の埋め込み方式の実装に向けて研究開発を進めている。
また、筆者は、究極の本人確認をどのように保証するか、マイナンバーで良いのかについて検討している。個人個人を、世界で1人、確実に同定できるSTR(Short Tandem Repeat) と言う身体情報等のプライバシー情報を含まないDNAデジタル情報を公開鍵の秘密鍵に数学的に埋め込む方式(3階層公開鍵方式)を提案している。法的・倫理的考察やブロックチェインへの応用も含め、中央大学法学部四方教授、山沢昌夫・才所敏明機構研究員、アドイン研究所の佐々木浩二社長、鈴木伸治氏と連名で、今年7月、電子情報通信学会で発表する予定である。
以上のように、学際的・総合的研究を進める場として、中央大学研究開発機構は適切で不可欠な居場所であり、今後の活動が期待される。
図 敵対学習の回避
現在のAI(深層学習による教師付き学習)では、正岡子規の顔を夏目漱石の顔に、カントの顔をヘーゲルの顔に、誤認識されるような敵対学習を受ける危険性があるが、本研究で提案したリーマン幾何学による新たなAI手法では、その恐れはない。
2019年夏号
学生記者が、中央大学を学生の切り口で紹介します。
迫力と一体感のダンスで会場魅了 ソングリーディング部「Garnet Girls」が国際大会で優勝
新たな“発見” に喜び、「化学の道」究めたい TBS「未来の起源」に出演 阿部叶さん(修士1年)
常に考えたい、私たちにできること 西日本豪雨被災地でボランティア活動 学生2人が体験記 石山智弥(経済学部3年)/北見洋樹(文学部3年)
Chuo-DNA
本学の歴史・建学の精神が卒業生や学生に受け継がれ、未来の中央大学になる様を映像化
Core Energy
世界に羽ばたく中央大学の「行動する知性」を大宙に散る無数の星の輝きの如く表現