[取材協力]
伊藤病院院長
伊藤 公一
いとう・こういち/北里大学医学部卒業。東京女子医科大学大学院修了後、シカゴ大学に留学。1998年伊藤病院院長。東京女子医科大学非常勤講師、東京医科大学客員教授も兼任。著書に『患者のための最新医学 バセドウ病・橋本病 その他の甲状腺の病気 改訂版』(高橋書店)など。
甲状腺の病気をお話しする前に、甲状腺という臓器について説明します。甲状腺は喉仏の下にあり、重さ12グラムほどで、蝶が羽を広げたような形をしています。
汗や唾液、涙は外に分泌されますが、甲状腺はホルモンを血液の中につくり出す内分泌臓器に分類されます。内分泌臓器には甲状腺のほか副腎や下垂体、副甲状腺などがありますが、そのなかで甲状腺は最も大きく、病気の数が多い臓器です。
甲状腺の病気は様々ありますが、いずれも女性に多いのが特徴と言えます。
甲状腺からは甲状腺ホルモンが一生にわたって一定量つくり続けられます。その役割は新陳代謝を司ることで、いわば「元気の源」です。このホルモンがなければ生命を維持できません。しかし、何らかの原因で増え過ぎたり、逆に不足したりすれば、体中に様々な症状が現れます。
甲状腺ホルモンが増えすぎる状態が「甲状腺機能亢進症」であり、代表する病気として「バセドウ病」があります。バセドウ病の症状には、動いていなくても疲れる、汗をかく、食欲があって食べるものの痩せてしまう、動悸が激しくなるなどで、心房細動が起きることもあります。また眼球突出もよく知られた症状の一つです。
バセドウ病とは逆に、甲状腺機能が低下する病気の代表例が「橋本病」です。日本人の橋本策(はかる)博士が発見しました。症状は、元気がなくなり、体がむくんできて太ったり、あるいは物忘れが激しくなったりで、生理不順も起きます。
バセドウ病も橋本病も多様な症状が現れますが、いずれも決め手となるような所見がないので、ほかの病気と誤診されることも多々あります。とは言え、簡単な検査で分かりますので、少しでも疑わしいようであれば専門の病院で検査を受けるべきです。
バセドウ病と橋本病は自己免疫疾患です。人間にはウイルスなどの外敵(抗原)に対して、これを排除しようとする物質(抗体)をつくる免疫機能が備わっていますが、自分の細胞や成分を異物と間違えて攻撃してしまうことがあります。これら「自己抗体」が原因となり自己免疫疾患が引き起こされます。
甲状腺疾患を発見するための血液検査では、これら自己抗体の有無や、甲状腺ホルモンの量、甲状腺ホルモンをコントロールする下垂体ホルモン量などを調べます。僅かな採血によってバセドウ病や橋本病に罹患しているか否かを短時間で診断できるだけでなく、罹患している場合にはその進行度合いも把握でき、すぐに適切な治療を開始することが可能となりました。
バセドウ病の治療法には、投薬、手術、放射線の3種類があります。それらには一長一短がありますが、日本では9割以上の患者様に「抗甲状腺薬」というホルモンを抑える薬を使います。投薬治療は入院せずに済み、痛みがないなど身体的な負担が軽い治療法ですが、その反面、効果が現れるまで時間がかかるというデメリットもあります。よって数年以上、服薬を続けていても改善しない場合は、ほかの2つの治療法を検討します。
手術はもっとも確実な治療法です。甲状腺をすべて摘出するため再発はしませんが、手術後はホルモン薬を服用し続けなくてはなりません。
甲状腺ホルモンの材料はヨウ素で、体内に入ると甲状腺に集まるという性質があります。バセドウ病のもう一つの治療法であるアイソトープ(放射線)治療はこの性質を利用します。放射性ヨウ素が入ったカプセルを服用し、甲状腺を破壊して小さくします。放射性物質を適正に使用するため、アイソトープ治療を実施するには専用の設備が必要です。
橋本病により甲状腺ホルモンが減少している場合は、甲状腺ホルモン薬を服用して不足分を補充します。手術後同様、生涯にわたり、この薬を飲み続けることになりますが、診断がついてから治療を開始すると、辛かった症状が消え、冬眠から目が覚めたように体が軽くなります。
甲状腺にも腫瘍ができることがあります。これら甲状腺腫瘍のほとんどは良性ですが、がんが発症することもあります。しかし、殆どの場合は手術で治り、その性質の良さから1センチ以下の場合は経過観察をすることもあります。ただし、頻度は低いものの悪性度の非常に高いがんもあるため、検査でよく調べることが大切です。近年では悪性度が高く治りにくかったがんに対し、新しい薬物である分子標的薬も使えるようになりました。
いずれにしても甲状腺の病気は発見が難しいため、健康診断や人間ドックの際は、オプションで甲状腺疾患のための血液検査と頸部超音波検査を加えることをお勧めします。