心臓病・血管病に強い病院
心臓・血管疾患のうち症例数が多く、よく知られているものとして❶冠動脈疾患、❷心臓弁膜症、❸不整脈、❹大動脈瘤・大動脈解離が上げられる。治療法は大きく分けて血管内にカテーテルでデバイスを送り込み、病変部にアプローチする「カテーテル治療」と、開胸による「外科手術」の2タイプ。後者は一時的に心臓を止め人工心肺を利用することもあり、体への負担が大きいことから、病態に応じカテーテル治療を選択するケースが増えている。
❶は心臓を栄養する冠動脈が動脈硬化で狭窄・閉塞するもの。カテーテル治療では病変部を広げる「経皮的冠動脈形成術(ステント留置術)」が主流。東海大学医学部循環器内科教授の伊苅裕二氏は「薬剤溶出性ステントの登場で、血管内皮細胞増殖による再狭窄が解決し、再発例が激減。コーティング加工で血栓付着も予防できます」と語る。
カテーテルの刺入口は鼠蹊部動脈より、出血の少ない腕の橈骨動脈を採用する例が増え、合併症と死亡率が減少している。
「動脈硬化による石灰化が進んでいる場合は、ロータブレーダ(ドリル)で削る前処置が有効。施設基準が改訂され、取り入れる医療機関が増えました」(伊苅氏、以下同)。動脈の血栓付着が酷ければ、エキシマレーザーによる事前の蒸散が推奨される。
「最近、カテーテル治療を遠隔操作で行う手術支援ロボットが注目されています。操作性に優れ、医療スタッフの被ばくはゼロ」。将来は、技量の優れた医師による、医療過疎地の患者の遠隔診療に道を拓くだろう。
❷は心臓の弁に異常が生じ、開きにくくなる(狭窄)、またはきちんと閉まらなくなる(閉鎖不全)ため、血液が逆流したり滞留したりする疾患。未治療のままだと心臓壁に負担をかけ、心不全のリスク要因となる。
「大動脈弁狭窄症の治療に『経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)』があります。大動脈弁の位置に、折りたたんだ『生体弁』をカテーテルで運び、開いて固定するものです」
初期は稀に房室ブロックを起こす例があったが、現在は固定位置の改善で解決されている。
「難点は生体弁の耐久年数が10年ほどであること。劣化した場合は一回り小さい弁を“入れ子状”に重ねて設置するTAVIが考えられるでしょう」
僧帽弁閉鎖不全症にはクリップで弁を摘まんで調整する「経皮的僧帽弁修復術(マイトラクリップ)」がある。「血流を正常化することで、開胸手術に耐えられない重度心不全の方の症状を改善することができます」
❸では、主に心房細動に行う「カテーテルアブレーション」が普及。心臓の拍動は洞結節が発する電気信号が作りだすが、心房細動では肺静脈付近から異常な信号が出て心臓が痙攣する。
「信号の発信源を特定し高周波で熱凝固します。肺静脈にカテーテルでリングを挿入し、液化亜酸化窒素ガスで冷凍凝固する『クライオアブレーション』も登場。“面”で組織変成させるため、治療成績が上がりました」
重粒子線やX線を用いた不整脈治療の治験も始まっている。
むろんカテーテル治療はオールマイティではない。慶應義塾大学医学部心臓血管外科教授の志水秀行氏は外科手術の利点を、以下のように語る。
「❶では内胸動脈や胃大網動脈を引き寄せたり、橈骨動脈や脚の大伏在静脈を採取してグラフト(代替血管)とし、迂回路を作る『冠動脈バイパス手術』を行います。動脈の閉塞部位が複数ある、枝分かれした部位に掛かる、糖尿病等で動脈硬化が広範囲に及ぶなどの症例で適応。長期的な成績が優れています」
心臓手術は胸骨を切り下げる正中切開が基本だが、腋下や肋骨の間を数㎝切る小切開手術がさまざま開発され、低侵襲化が進む。かつ半数は人工心肺を使わないオフポンプ手術だ。
「グラフトの採取、吻合に繊細な作業に秀でる手術支援ロボットを導入する医療機関も増えてきました」(志水氏、以下同)
❷の手術で症例が多いのは僧帽弁形成術(弁本体、弁輪、腱索)による治療だという。
「人工の生体弁には耐久年数が短い、機械弁には血栓が付着する欠点があるので、極力自己弁の温存を図ります。マイトラクリップは一部の症例にしか効果がありません。大動脈弁も弁輪の拡張や石灰化の状態によっては、TAVIによる弁装着は不向きで、人工心肺下での人工弁置換手術を行います」
弁膜症の手術では、病態に応じ小切開と内視鏡を組み合わせた低侵襲手術が行われるという。
❸の大動脈瘤と、血管の内膜と中膜の間が裂ける大動脈解離は、カテーテルの「ステントグラフト内挿術」と、外科の「人工血管置換術」がある。従来、脆弱な大動脈解離にステントグラフトは不向きとされたが、早期に内膜亀裂を覆うように内挿すれば効果が高いと判明した。
「一般に心臓に近い上行大動脈と、重要な分枝動脈のある弓部大動脈は開胸で人工血管置換を。胸深部の下行大動脈は、ステントグラフト内挿で血管を補強し、瘤の破裂を予防します。弓部の分枝動脈に対応する“窓開きステントグラフト”の登場でカテーテルの適応が広がりました」
病変部が複数なら、開胸で置換術と内挿術(オープンステント)を同時に行うハイブリッド手術が実施される例もある。
現在、心臓と大動脈疾患の治療は循環器内科医と心臓血管外科医、麻酔医、手術室看護師、臨床工学技士、薬剤師等が連携する「チーム医療」が主体だ。
「患者にとって最適な治療を多角的なカンファレンスで選択することが大切」(伊苅氏)。
「TAVIなど新しい医療は、内科・外科双方の視点から適応症例を積み上げ、課題を解決する姿勢が肝心です」(志水氏)。
内科と外科の“壁”はもはや昔話。現場は総力戦である。
心臓の外科手術で、近年の話題と言えばロボット支援下手術(通称ダビンチ手術)。2018年4月に僧帽弁と三尖弁の形成術が保険適用となった。
ロボット支援下手術は、胸腔鏡下手術の発展形だ。体に小さな孔を4か所開け、ロボットアームに装着したカメラと鉗子などのデバイスを挿入。執刀医はモニター装備の操縦席に座り、コンピュータ制御の遠隔操作で手術を行う。
日本ロボット外科学会理事長でニューハート・ワタナベ国際病院院長の渡邊剛医師は、日本で初めて2005年からロボット支援下の僧帽弁・三尖弁形成術を積極導入してきた先駆者だ。
「ロボットの長所を上げるなら、切開孔が最小限で済む低侵襲性、人間の手以上に緻密な作業を可能とする機密な操作性、患部をリアルに視認できるズーム自在な3D映像の3つでしょう」と語る。
アームの関節は7方向360度動くから、弁の裏側にも的確に届く。かつ執刀医の手の動きに対し、アームの動きを数倍、または数分の1に調整するモーションスケール機能もある。
「小さな弁や腱索を縫い合わせるには最適。狭窄や閉鎖不全のある自己弁を再建し、長期温存できれば、耐用年数の短い人工生体弁の再手術や、機械弁の血栓を防ぐ抗凝固剤の服用から解放される」(渡邊医師。以下同)
ただ、ロボット支援下の心臓手術を手がける医療機関は全国で20件あまり。会得するまでの期間が長いことが一因だ。
「指導者の下で150例の経験が理想。前提となる心臓内視鏡手術の経験者も僅少ですから」
渡邊医師は1999年に完全内視鏡下でオフポンプの冠動脈バイパス手術を成功させており、同年にアメリカで開発されたダビンチの可能性にいち早く着目。翌2000年に渡米し、1号機でトレーニングを受けたという。
「当初はロボット支援下の冠動脈バイパス手術も手掛けました。ただし前下行枝と内胸動脈をつなぐオーソドックスな術式で、複数本のバイパス作成は困難」。カテーテル治療が進み、保険適用外でもあることから、現在完全ロボット支援下での冠動脈バイパス手術を行う医師はほとんどいない。
「今後は大動脈弁置換術と僧帽弁置換術、心房及び心室の治療が保険収載対象となってゆくでしょう」
一方で、難易度の高い大動脈弁形成術(自己心膜利用の弁膜新生手術)へのチャレンジが始まっているそうだ。