脊椎脊髄疾患手術・治療
超高齢社会が進展する中で、人の体の要となる背骨の疾患が増え続けています。早期の生活復帰や社会復帰を図るためにさまざまな低侵襲手術が開発されていますが、治療の根幹は正しい診断と段階を踏んだ治療といえます。健康寿命の延伸のために背骨の疾患とどのように向き合うべきか、昨年、日本脊椎脊髄病学会の新理事長に就任した松山幸弘氏に伺いました。
一般社団法人 日本脊椎脊髄病学会
理事長
松山 幸弘
まつやま・ゆきひろ/昭和62年広島大学医学部卒業。半田市立半田病院、厚生連渥美病院、名古屋大学医学部附属病院を経て、ミネソタ州・ミネソタスパインセンターへ留学。平成21年浜松医科大学整形外科教授。平成26年浜松医科大学附属病院副病院長、令和2年浜松医科大学附属病院病院長兼副学長。日本整形外科学会理事、日本側弯症学会理事、日本脊椎インストゥルメンテーション学会理事、日本腰痛学会理事。
日本は人口の4分の1が65歳を超えるという超高齢社会に突入しており、老化に伴う脊椎脊髄疾患が増えています。「脊椎」とは背骨の骨の部分、「脊髄」とは脊椎の中を通っている神経のことをいいます。体を大黒柱のように支えるこれらの部分に障害が生じると、しびれや痛みが出たり、手足に力が入らず動きが鈍くなったりします。
脊椎脊髄の疾患別発症頻度を年齢別に見ると、10~20歳までは先天的な骨の変形が元で起こる側弯症などの「脊柱変形」や、スポーツなど過度な運動が原因で疲労骨折を起こす「脊椎分離症」などを発症します。
20~30歳代は、腰の骨と骨の間でクッションの役割を果たす椎間板が傷んで飛び出し、神経に触れて痛みが生じる「腰椎椎間板ヘルニア」を患う方がいます。
40~60歳代では、背骨をつなぐ靱帯(黄色靱帯)が厚みを増したり、靱帯が骨になる靱帯骨化症や骨の変形などで脊柱管を圧迫して狭くし、腰の痛みやしびれを起こす「腰部脊柱管狭窄症」を発症する方がいます。
70~80歳代では重量物を持ち上げたときなどに背骨が圧迫され潰れる「椎体骨折」が起こりやすいなど、各年齢層によって、頻繁に起こる疾患はおおよそ決まってきています。
全体的には狭窄症が最も多く、次いで椎体骨折・圧迫骨折、そしてヘルニアの順番で患者数が多く、特に狭窄症では欧米人に比べて頸椎の脊柱管が狭い日本人は、頸椎狭窄症になる方が多くなっています。
脊椎脊髄疾患の治療の前に行うのが、しびれや痛みが脊髄のどのレベルの障害によってもたらされているのかを診断する「高位診断」です。この診断が治療方針に大きく影響してきます。そして最初に行う治療は保存療法から。痛みの種類によってNSAIDsという消炎鎮痛剤やプレガバリンという神経障害による痛みを緩和する薬を処方します。それと同時にストレッチなどのリハビリやコルセットなどの装具を着けたりします。
保存療法で痛みが消えない場合、例えば椎間板ヘルニアは、日本で開発された酵素を含んだ薬剤(ヘルコニア)を椎間板内に直接注射し、脱出したヘルニアの圧を下げ痛みを緩和させます。ここまでで、ほぼ9割の患者さんが快方に向かいます。
しかしそれでも治癒しない場合は、例えば腰椎脊柱管狭窄症の場合は、椎骨の一部を除去し神経への圧迫を除く除圧術と、脊椎のぐらつきを金属のスクリューとロッドで固定する固定術などで治療を行います。これらの手術の基本は低侵襲であり、単に傷口が小さいというだけでなく、手術時間の短さや骨や筋肉の損傷の少なさなど、勘案した手術を考えていかなければいけないと思います。
近年では経皮的椎弓根スクリュー挿入法という極めて低侵襲な手術法や、顕微鏡や径をさらに小さくした内視鏡を用いた手術、さらにXLIFやOLIFといった脇腹からアプローチする術式により筋肉組織を温存し、術後の回復を早める効果などで患者さんの負担を軽減しています。背骨は人間の体の中枢です。超高齢社会で「健康寿命の延伸」が謳われロコモティブシンドローム対策が進んでいます。
日本の高齢者に介護が必要になった原因として「認知症」や「脳血管疾患」が挙がっていますが、より多い要因が「関節疾患」「骨折・転倒」「高齢による衰弱」などの運動器疾患です。すなわち、最大の原因は運動器の機能低下であり、全体の約3分の1を占めるのです。
従って、運動器の機能低下につながる脊椎脊髄疾患の予防と治療に尽力することが、健康寿命の延伸に繋がり、医療費の削減にも寄与することになります。そのロコモを誘引する最たるものが脊椎脊髄疾患だと考えます。人が人らしく生きるためにも、足腰の筋肉を適度に鍛え、脊椎脊髄疾患の予防を心がけましょう。