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遺伝子に潜む“偶然”を見出し進化の道筋に光を当てる

川口 眞理
理工学部 物質生命理工学科 助教

オスが出産するタツノオトシゴ

川口 眞理 理工学部 物質生命理工学科 助教

 魚類が誕生したのは今からおよそ4億年前。進化の過程でさまざまに枝分かれし、その種類は確認されているだけで2万5000種に及んでいます。種の多さに比例して、生き残りをかけた繁殖戦略もさまざま。例えばマンボウは、子育てにはまったくかかわらない代わりに、数億個もの卵を産み落として稚魚の生存数を確保しています。

 それと対照的なのが、私が研究テーマのひとつとしているタツノオトシゴの繁殖形態です。タツノオトシゴの出産は、父親であるオスの役割。メスの仕事は、オスの「育児嚢」と呼ばれるお腹の袋に卵を産み付ける段階で終了します。人間とはまるで逆ですね。卵を受け取ったオスは、育児嚢の中で卵が孵化し、稚魚になるまで子育てしてから出産します。メスが産む卵はわずか数十から数百個程度ですが、オスがお腹の中で外敵や環境変化から守っているため、少ない産卵数でも生存しやすくなっているのです。タツノオトシゴはヨウジウオ科というグループに属していますが、その中でも袋状の育児嚢を持つのはタツノオトシゴ亜科のオスだけ。ほかの魚は、オスのお腹に卵を付着させるだけだったり、卵に膜をかぶせたりと、もっと原始的です。

 タツノオトシゴの育児嚢はオスの発生過程で、どのように生じるのか。そしてタツノオトシゴ類の長い進化過程においては、いつ、どのように生したのか。私が専門としている分子進化学では、そんな進化の疑問に遺伝子の働きからアプローチしていきます。

子育て遺伝子の謎を解く

 生物の持っている遺伝子は、発現する時期や場所、機能が決まっています。つまり、タツノオトシゴが子育てをするときにだけ発現する遺伝子が存在するということ。私たちの研究室ではそんな“子育て遺伝子”の働きを明らかにすべく、解析を進めています。

 遺伝子の働きを読み解く上でカギとなるのが、塩基配列です。生命活動はさまざまな機能を持ったタンパク質が担っています。塩基配列はそのタンパク質を作り出すのに必要な設計図ともいえる情報。これまでの研究の結果、タツノオトシゴの子育て中にだけ働く塩基配列が100種類近くあることが分かってきました。

 難しいのはここからです。外界から閉ざされた育児嚢で、栄養分の補給や排泄物の除去、抗菌化などが行われていると考えられます。今回明らかになった100種類の塩基配列は、一つ一つがそうした働きに関わっているはずです。どの塩基配列が、どんな機能とつながっているのか。すでに機能が明らかになっている配列をヒントに、未知の配列の働きを読み解く作業が続いています。大抵の場合、同じタイプの遺伝子はその発現の仕方や塩基配列が似通っているものですが、ほんのわずかな塩基配列の違いが、種の生存に欠かせない機能をもたらすことがあります。それを発見できたときは、本当にワクワクしますね。

進化にも、人生にも大切なもの

 進化の基本はすべて偶然。今地球上にいる種も、遺伝子が偶然に変化し、幸運が重なり合って生き残ったものばかりです。でも偶然が未来をどう左右するか分からないのは、人生も同じかもしれません。自分には関係ないと思っていた出来事や学びが、思いがけず将来の研究へ繋がっていくことがあります。今は「何を研究すべきか分からない」という人もいると思いますが、焦る必要はありません。さまざまな事柄に目を向けて、好奇心旺盛でいることを大切にしてください。自然に親しみ、たくさんの本を読み、人と出会い、多様な引き出しを持っていれば、それがきっと、その後の研究生活を豊かにしてくれるはずです。

川口 眞理 理工学部 物質生命理工学科 助教
川口 眞理(かわぐち・まり)
理工学部 物質生命理工学科 助教

研究分野は進化生物学。最近の論文はMolecular co-evolution of a protease and its substrate elucidated by analysis of the activity of predicted ancestral hatching enzyme等。研究指導を通じて後進の教育にも尽力している。

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