教員が発信する上智の学び

小説という「冒険」を通して人生の疑問に対する答えを見つける

赤羽 研三
文学部 フランス文学科 教授

小説とは、すなわち「冒険」である

赤羽 研三 文学部 フランス文学科 教授

 中世まで、ヨーロッパの人々には「こうすれば正しい」という明確な価値体系がありました。しかし、近代に入るとその価値はゆらぎ始め、人々はしだいに疑問を抱くようになります。

 「本当は何が正しいことなのか、自分はいったい何を求めているのか」。そうした「個人」を探求するための表現として発展していったのが「小説」です。

 ドイツの哲学者・ルカーチは、こんな意味の言葉を残しています。「冒険をかたちにしたものが小説である」。冒険は、未開の地の探検だけではなく、日常生活で起こる出来事のなかにも潜んでいるというメッセージです。

 どう生きていくべきかを迷ってしまった時代に、生きていることを実感させてくれる、小説は、そんな存在であり続けてきたといえるのではないでしょうか。

言葉がもつ力を実感できる

 人は、小説で展開される冒険にワクワクしたりドキドキしたりします。あるいは喜びや悲しみ、怒りなどの感情が湧き上がることもあるでしょう。結末がもたらす教訓や知恵も大事ですが、私は、このような「読むプロセス」にこそ、小説に触れる醍醐味があるのだと考えています。

 例えば講義では、原書をていねいに読み込んだり、日本語に翻訳したりする行為を通して、原書と訳書のニュアンスや臨場感の違いなどを学んでいきます。

 皆さんはきっと、その過程で「言葉の力の大きさ」を実感するはずです。興味深いことに、ときに「原文を翻訳が超える」という現象が生まれることもあるのですから。フランス語だと気づかないが、日本語で読むと浮かび上がってくることがあります。そんな思いがけない出会いがあるのも、文学の魅力なのです。

 フランスの哲学者で小説家のサルトルは、「平凡な出来事も物語れば冒険になる」と記しましたが、小説を読めば、冒険する人間の生きている形が見えてきます。

 では、どんな言葉なら、もっと登場人物たちの気持ちをうまく描くことができるのか。ただ読むのではなく、そんな「問い」を立てながら学んでいくことが重要です。

読むことは「創造的な行為」だ

赤羽 研三 文学部 フランス文学科 教授

 学生たちの卒業論文に目を通すと、ときに専門家でさえも考え得なかったような新たな解釈がなされていて、非常に驚かされることがあります。読み手がどんな体験をして、そこから何を創り出すか。小説を読むという行為は「創造的」なことでもあるのです。

 ですから、「こんな生き方もあるんだ」という発見を得たり、自分との共通点を見いだしたりしながら、多様な視点で「人間」を解き明かしてほしいと思います。

 文学を学ぶ4年間というのは、特定のスキルを身につけることだけが目的ではありません。将来どのように生きていくかを探すための、「考える場」だといえます。

 心理学、人類学、政治学……。文学には、幅広い分野の要素が含まれています。ぜひ、視野を狭めることなく、いろいろな作品を読み、学んでください。人生の疑問に対する答えが、そこに用意されているかもしれませんよ。

赤羽 研三 文学部 フランス文学科 教授
赤羽 研三(あかば・けんぞう)
文学部 フランス文学科 教授

現在は、フランスを中心としたヨーロッパの小説を通して、小説における冒険とは何か、そこから見えてくる人間の生とはどのようなものかを研究している。『冒険としての小説』(水声社)を2015年3月に刊行予定。

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