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- 伊達 聖伸 外国語学部フランス語学科 准教授
「適応と抵抗の言語」フランス語の視点から政治と宗教を考える
- 伊達 聖伸
- 外国語学部フランス語学科 准教授
「ライシテ」とは何か
フランスの公立学校では、イスラム教徒の女性が身に着けているスカーフやヴェールは外さなければなりません。その理由として持ち出されるのが「ライシテ」です。日本語に訳すなら、政教分離、非宗教性、世俗主義などの言葉が浮かびますが、フランスの長い歴史に根差しているだけあって翻訳は必ずしも容易ではありません。宗教から自律した政治権力が、諸宗教に中立的な立場から信教の自由を保障するというのがその理念ですが、スカーフ問題においては、公共空間に宗教性を持ち込んではならないという、ライシテの厳格な側面が強く出ているのが現状です。これは、いわゆる宗教復興やグローバル化に直面したフランスの自己防衛反応とも取れますが、私の考えでは、このように硬直化したライシテがライシテのすべてではありません。政教分離の原理として機能してきたライシテが、多文化共生の原理として再定式化できるかが今、問われています。
日本はライシテの国?
「ライシテ」はフランスの近現代史の文脈からなかなか切り離しにくい言葉ですが、だからといってフランス以外で流通していない言葉というわけではありません。カナダのケベック州などのフランス語圏でもよく使われていますし、トルコやメキシコにもライシテに相当する言葉があります。「ライシテ」を形作っている要素は、さまざまな社会に見出せます。日本も例外ではありません。憲法レベルの原則としては厳格、運用レベルでは柔軟というのが「日本のライシテ」の特徴だと思います。ライシテという観点に立つことで、日本の政教分離や多文化共生のあり方が、国際比較の水準で見えてきます。このように、外国語を学ぶことは、その外国語を使って日本を見つめ直すことにもつながります。
フランス語に宿る批判精神
グローバル社会と呼ばれる現在において、フランス語は非常に学びがいのある言語です。実際、国連をはじめ多くの国際機関では、英語と並んでフランス語を公用語に採用しています。ですからフランス語は、英語プラス1の言語として特権的な言語です。他方でフランス語には、英語とは異なるものの見方があります。卑近な例だと、「コンピューター」は「オーディナトゥール」といいますし、「グローバリゼーション」は「モンディアリザシオン」というのが普通です。なかなか英語をそのままの形では受け入れたがらないのです。先のイラク戦争のときも、フランスはブッシュの戦争に加わることをきっぱりと拒否しました。英語がグローバル社会の第一言語であること、超大国アメリカの力が現在でも強いということは否定しようもありません。しかし、だからこそ、それを批判的に見る目も欠くことができないのです。私は、フランス語を「適応と抵抗の言語」と呼びたいと考えています。グローバル社会に適応するにも、またその流れを批判的にとらえて有効な抵抗を組織するにも、フランス語は大変貴重な言語なのです。
- 伊達 聖伸(だて・きよのぶ)
- 外国語学部フランス語学科 准教授
専門は宗教学、ライシテ研究(政治と宗教の関係)。フランスを起点に、カナダのケベック州にもフィールドを広げる。著書に『ライシテ、道徳、宗教学』(勁草書房、2010年、サントリー学芸賞、渋沢・クローデル賞受賞)。